第40話 ひとりの楽園

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ストーリー

 山中に隕石が落下した。その隕石は触手を伸ばし、周囲の森林を次々と取り込んでいく。やがて沢山の白い花を咲かせたそれは、怪獣・ソリチュラと化した。白い花は地面に落ちると、フードのついた白いコートを纏った人間のような姿・ソリチュランとなった。そして、夜道を泣きながら歩く女性が、ソリチュランの中の一体に襲われ、捕縛されてしまう。

 ミライは休日を持て余していた。ふとメロンパンに興味を持ち、露店に並ぶミライ。そこには、クラスメイトから「友達」の名の元にメロンパンをおごらされそうになっている少女・ナオコが居た。ミライは、友達はそんなものではないと声をかけるが、彼女達は気持ち悪がって逃げてしまう。メロンパン屋の店主は「あんな友達と居たって楽しくないんだろうな。でも、あの子は一人になるのがイヤなんだよ」とミライに説く。「人間は皆、独りになるのが怖い」そう店主は付け加えた。

 街で偶然ミライと会ったナオコは、先程の無礼をミライに謝る。ミライがナオコを追いかけようとした時、何者かの気配を感知。駆けつけた場所には、女性を襲う植物怪人・ソリチュランが居た。ソリチュランの花粉を吸って意識を失う寸前、ミライはメビュームスラッシュを放ってソリチュランの脚に傷を負わせる。気がつくと、ミライはフェニックスネストの病室に居た。顔に大きな花の咲いている人間に襲われたというミライの話を聞き、マリナは、植物怪人の都市伝説を弟たちから聞いたと応える。サコミズ隊長は、特定の地域で行方不明者が急増しているとし、強ち都市伝説とは言えないと告げた。

 その夜、ナオコは白いコートの青年が足を引きずっているのを目撃する。放っておけないナオコは、脚の怪我を治療した。青年は礼も言わず去っていった。

 翌日、テッペイはミライに付着した花粉を分析し、含まれる成分が宇宙由来のソリチュラ化合銀だということを突き止めていた。同時に、ソリチュラ化合銀が一定の周波数の電波を跳ね返すことも発見、テッペイは既に探知する手段を確立していた。その探知結果を受け、CREW GUYSは直ちに現場へと急行する。その頃、ナオコは例のクラスメイトによる自分についての会話を、偶然聞いてしまう。クラスメイトの本心は、自分を単なる利用しやすい人間ととらえるものでしかなかった。打ちのめされたナオコは、昨晩怪我を治療した青年に出会う。青年は「君は寂しいのか」と尋ねてきた。「私は一人ぼっちなの」と泣きながら答えるナオコ。

 リュウ達は現場に到着したが、周囲の森林には反応こそあるものの、見た目には何の異常もない。ディレクションルームで、コノミはまとまった反応のある箇所から離れた場所で、小さく反応している箇所を発見する。そこはナオコのいる場所であった。青年はソリチュランなのだ。ソリチュランはナオコを「楽園」に誘う。

 森林の探索中、ミライはソリチュランに連れられたナオコを目撃、尾行をはじめる。「楽園」には、意思を奪われソリチュラに同化された「幸せそうな」人間たちが居た。尾行してきたミライをソリチュランは捕縛。とらわれたミライは「同化されたら、寂しいと感じることさえ、出来なくなってしまうんだ」と言い、ナオコに逃げるよう告げる。ソリチュラは、自らが地球そのものになると豪語し、巨大な怪獣と化した。

 ガンフェニックスで攻撃しようとするリュウだったが、ミライは足元に沢山の人間がとらえられていると報告、直ちにメビウスに変身した。リュウ達の援護もあり、メビュームブレードで一気に勝負を付けることに成功したメビウスは、メビュームシュートでソリチュラを焼き払った。

 同化されていた人々は救助されたが、「どうしてあのままにしておいてくれなかったの?」と口を揃えた。ナオコは「きっと寂しいことも悲しいことも、大切なんです」と反論、「色んな人と知り合いたいから、もう泣かない」と決意した。ミライは「寂しさを知っている人は、別の誰かの寂しさに気付いてあげられる」ということを、ナオコから教わった。

解説

 前回に続き、朱川湊人氏の手による、いわゆる「異色作」として記憶されるであろうエピソード。「異色作」とは言え、見る者にトラウマを残すような作風ではない。あくまで一人の少女に、日常のストレスと非日常の恐怖が降りかかってくるという、いわゆる「ウルトラQ」的なプロットと「怪奇大作戦」的な心象描写のミクスチャである。すなわち、その作風はメビウスというシリーズにとって異色である、ということだ。

 意思を持った植物が宇宙からやってくるというシチュエーションは、ウルトラシリーズ自体でも既に使い古されたSFの古典的題材だ。しかも、ソリチュランは往年の怪獣映画に登場しそうなノスタルジックな「怪人」である。今回はナオコがストーリーの主軸であり、あえて古典的な題材を導入することで、事件そのものに対する思慮(興味と換言しても良い)をスポイル、視聴者の興味をナオコの心情に向けるという方法論を垣間見ることが出来る。ソリチュラに関してGUYSが早々に正体を突き止めるのも、ナオコのシーンを増やそうとする意図によるものだろう。なお、その為にテッペイが活躍(しかもサコミズ隊長がそれを高評価)するのは、非常に的を射た演出だと評価しておきたい。

 今回の主役であるナオコは、実に分かりやすいキャラクターとして創造されている。真に友達と言える人間がいない上、自宅でも殆ど一人で生活している。極端なキャラクター造形は、しかしながら感情移入を拒むものではない、という手本が、このナオコというキャラクターであろう。考えてみれば、シチュエーションこそ違えど、ナオコに近い感情を少しでも抱いた経験は、誰しもあるのではなかろうか。30分間という放映タイムでその感情を投影できるキャラクターとして、ナオコは存在しているのだ。

 前回の強烈なインパクトに比べると、地味で平板な印象も否めない本作であるが、前述のような部分に、計算高さを感じずにはいられない。極論すれば、「燃えるシチュエーション」を追求してきたメビウスの中に、いかにキラリとした小さい輝きを投げ込むか、という試みだったのではないだろうか。視聴者のアドレナリンを喚起するのではなく、別種の「染み入るような良さ」、それが本エピソードの真の価値だ。

 ところで、今回の冒頭はミライの休日という珍しい状況で展開している。そのため、第22話「日々の未来」以来となる、ミライの姿でのメビュームスラッシュの発射シーンは、私服である。休日の暇を持て余しているミライの様子は、何とも微笑ましい。メロンパンを目撃したときの表情も、何とも言えない面白さがある。4クール目に突入してもなお、ミライのキャラクターの根本が当初と変わりないところに嬉しさを感じてしまう。

 特撮シーンに目を向けると、ソリチュラの触手の描写が、CGと操演を巧みに切り替えたものであることに気付く。明らかにCGだと分かる部分もあるが、中にはすぐに分からないほどさり気ない所もある。また、冒頭の森林シーンは、精緻に組み立てられたミニチュアセット。前回も含めて、ミニチュアセットの作り込みに何かしらのこだわりが感じられて面白い。特撮シーンについてもう一つ面白いシーンを挙げるとすれば、それはやはり、ソリチュラの切断面であろう。植物怪獣相手ということなのか、珍しく豪快にぶった斬ったのにも驚くが、切断面に年輪が描かれているところにまた驚く。細かい仕掛けが嬉しい、ちょっとした名シーンだ。

 さて、今回最もギクリとさせられたシーンを挙げておきたい。それは、たかられているナオコにミライが疑問を呈するシーンだ。

 ミライが「友達はそんなものではない」と説くシーンは、ウルトラシリーズでは特に珍しい風景ではない。特に平成ウルトラシリーズにおいては、キャラクターの口から繰り返し理想論に近い文言が語られてきた。ウルトラシリーズを見続けてきたファンにとっては、ミライの発言の後の場面が「ションボリして逃げる女子高生たち」のようなものになると想像してしまうだろう。ところが、本エピソードでは「キモい」「変質者」という言葉でミライを貶め、彼女たちは嘲笑しながら逃げるというものであった。

 ふと気付く。これがリアルな反応だろう、と。しかし、ウルトラシリーズではその反応自体、トゲのような感触を持っている。これはさり気なく挿入された、ウルトラシリーズへのアンチテーゼだとすれば、それは過大解釈に過ぎるだろうか。少なくとも、私はこのシーンに相当な違和感を覚えたことを告白しておきたい。

データ


監督

小中和哉

特技監督

小中和哉

脚本

朱川湊人