第50話 心からの言葉

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ストーリー

 太陽は完全に暗黒の星と化した。その時、「俺なら生きてるぜ」エンペラ星人によって死んだと思われたリュウの声がミライに届く。降りたったのは、ウルトラマンヒカリとなったリュウだった。ヒカリはエンペラ星人に立ち向かうが、一切歯が立たない。ミライは無理を押してウルトラマンメビウスに変身。メビウスとヒカリは共に戦うが、エンペラ星人の放つ黒い光線によりメビウスは消滅、ヒカリはエネルギーが尽きて倒れてしまった。「誰一人犠牲者を出さん」と言うトリヤマ補佐官は、CREW GUYSにリュウとミライの救助を命じる。

 リュウを救助することはできたものの、やはりミライはいない。絶望するCREW GUYSに、ウルトラマンエースの声が、ウルトラマンジャックの声が、ウルトラセブンの声が、初代ウルトラマンの声が届く。「救ってくれ、弟を…」ウルトラ兄弟たちの声に奮起するマリナ、ジョージ、コノミ、テッペイ。その時、リュウの腕にナイトブレスが現れた。ナイトブレスがミライの声を届ける。ウルトラマンキングによってヒカリが授かった奇跡のアイテム=ナイトブレスを、使う時が来たのだ。円陣を組んだリュウたちの下に、輝くミライが合流する。「GUYS、サリー・ゴー!」サコミズ隊長の声が響いた。「メビウーーース!」6人は一つになり、メビウス・フェニックスブレイブが誕生した。

 「言ったはずだ! ウルトラマンは決して余には勝てんと!」エンペラ星人の黒い光線が放たれる。ところが、メビウスの体はそれを無力化してしまった。「今の僕は、もう一人じゃない!」ミライはエンペラ星人に言い放つ。時を同じくして、ウルトラ兄弟達は、太陽を覆い尽くした暗黒物質を必殺光線で次々と破壊していく。

 そして、サコミズ隊長はファイナル・メテオールのキーを取り出した。「ファイナル・メテオール、解禁!」スペシウム・リダブライザーが天空より舞い降りる。「メテオールは、我々人間が、ウルトラマンの心に答えるためのもの!」スペシウム・エネルギーを増幅するスペシウム・リダブライザーに向け、メビュームナイトシュートを打ち込むメビウス。だが、増幅された光線を受けてもなお、エンペラ星人は倒れない。

 「なぜ、のうのうと太陽に照らされている命を救おうとする?」エンペラ星人の疑問に、「光があるからこそ闇もある。闇があればこそ、また光もある」とウルトラの父が答える。勝利を信じ、メビウスは皆の力を結集して、なおもメビュームナイトシュートを放ち続けた。その時、サコミズ隊長の背後から声がした。光の中に歩み寄るサコミズ。「共に行こう。今こそ君の力が必要だ」光の主はゾフィーであった。

 サコミズと一体化したゾフィーが降り立つ。M87光線で加勢するゾフィー。勝機を見たメビウスはメビュームバーストを放ち、遂にエンペラ星人を倒す。「余は、ウルトラマンに負けたのではない。そうか、人間のちっぽけな希望という光、ウルトラマンと人間の絆に、負けたのだな…」エンペラ星人は光となって散っていった。同時に、ウルトラ兄弟たちは太陽を再び輝かせる。地球を覆った暗雲は、たちどころに晴れていった。

 ミライは自分自身にしか見つけられないものを、確かに見つけることができた。リュウはゾフィーとヒカリ、そしてミライに対し「大丈夫。地球は、俺たちの手で守って行ける」と宣言。聞き届けたゾフィーとヒカリは空へと去っていった。「これで君も、ウルトラ兄弟の仲間入りだね」サコミズ隊長がミライを祝福する。「地球で得た大切なものを、光の国の新たなウルトラマンたちに伝えてゆきます」ミライは、メモリーディスプレイをサコミズに返還し、新たな使命を果たすべく、光の国へと帰らなければならないことを告げた。

 「いい顔してるぜ、アミーゴ!」とジョージ。

 「しっかりやんなさいよ!」とマリナ。

 「君と出会えて、本当に良かった!」とテッペイ。

 「ずっと、応援してるからね!」とコノミ。

 「…行けよ」とリュウ。

 「さようなら。今まで、ありがとうございました!」ミライは、メビウスとなって空へと飛び去った。

 「ミライ! ありがとう!」リュウは去っていったミライに向かって、精一杯叫んだ。

 その後、ジョージ、マリナ、テッペイ、コノミは本来の職業に戻って行き、リュウはCREW GUYSの隊長となった。

解説

 「ウルトラマンメビウス」テレビシリーズ遂に完結。「ウルトラマンネクサス」「ウルトラマンマックス」が3クールだっただけに、この4クールの長丁場を乗り切った感慨はひとしおである。

 この完結編、旧来ウルトラファン、特に「ウルトラ兄弟」というタームが響くファンにとって、冷静に語るまで時間を要するものではなかったか。

 昭和シリーズの最終回は、概ね人間がウルトラマンを欲しているという構造を打破すべく、人間が自立を宣言するというスタンスで描かれた。平成シリーズの最終回は、バリエーションこそ多彩だが、人間自身がウルトラマンと等しくなることを大団円とした。メビウスの最終回は、そのどちらとも異なる構造を有していた。

 昭和シリーズの最終回と最も異なるのは、地球人の視点がウルトラマンの視点と一致しているということだろう。かつて矢的猛が「人間もウルトラマンも、同じ宇宙人です。宇宙人同士、協力して敵に立ち向かうのは当たり前ではありませんか」と言ったが、四半世紀を経て、それが遂に真の実現を見たのだ。

 平成シリーズの最終回と最も趣を異にするのは、ウルトラマンとの別れであろう。「ウルトラマンティガ」~「ウルトラマンガイア」はウルトラマンが宇宙人でなかったため、その別れにドラマが生じなかった(「ダイナ」はアスカそのものが行方不明になってしまったが、一般的な「ウルトラマンとの別れ」ではない)。「ウルトラマンコスモス」では再会を匂わせる爽やかさが漂い、「ウルトラマンネクサス」ではウルトラマン自身の意思があまり感じられず、「ウルトラマンマックス」はエピローグにてはるか未来を描いた為、ウルトラマンとの別れにさしたるドラマを求めていなかった。メビウスは、ミライ自身がメビウスその人であるため、ミライの涙がウルトラマンの感情の発露を表し(ミライは史上最も泣き虫なウルトラマンとして印象に残る)、非常にドラマティックな別れのシーンとなっていた。

 そのジョージたちがミライを送り出すシーンは、シナリオ上セリフが白紙となっており、演じた各人が懸命に考えたセリフを挿入したという。1年間を通じてキャラクターをものにした各個人の言葉は、既に演技という枠を超えていたわけで、画面から感情がにじみ出てくる。

 この最終回を冷静に見ると、上空の暗雲がホリゾントに繋がっていない、メビュームナイトシュートのポーズ替えが、カット割のミスで一旦元に戻っているなどの瑣末なツッコミどころが存在する。また、サブキャラクター等の多くのファクターが取りこぼされていたり、メテオールの意義が、最終的にアライソの主張とズレてしまったことや、リュウの「自らの手で守り抜く」宣言が、この最終回の主張するテーマと全く異なるベクトルを向いてしまっていることなど、イデオロギーやテーマにもブレが見られる。

 サブキャラクターの面では、アヤ、ヒルカワ、タケナカ、フジサワ博士、勇魚、アライソあたり、顔見せ程度の出演を望んだファンは多いのではないか。ただし、あえてその希望に異議を唱えるとすると、そういったサブキャラの取りまとめを最終回でバタバタとやってしまうのは、ある意味マニアの自己満足であるとは言えないか。あくまで、フェニックスネストのディレクションルームに常勤している者たちの絆がテーマである。キャラクターが多いことを、そのまま傑作の因子として語ることはできない。

 メテオールの意義は、アライソによれば「パイロットの生還率を上げる」ことであった。しかし、今回サコミズとミサキ総監代行は「ウルトラマンの心に答える」と断言した。パイロットの生還率を上げることが、ウルトラマンの心に答えることに直接繋がるとは到底思えない。「ウルトラマンの心に答える」というのが、ファイナル・メテオールの口実にしか見えないのは、今回の非常に残念なポイントである。勿論、ゾフィーとサコミズの積み重ねられたドラマが、この言葉に重みを与えていることは評価していい。しかし、ファイナル・メテオールの登場は果たして必要だっただろうか。メビウスとCREW GUYSの一体化、ゾフィーとサコミズの一体化だけで、「ウルトラマンの心に答え」られたのではないだろうか。タケナカのかけたナゾを、うまく落とせなかった、そんな印象がぬぐえない。

 リュウの「自らの手で守る」宣言は、尚のこと「ウルトラマンの心に答え」ていない。前述の矢的猛の言葉ではないが、この最終回ひいてはメビウスのシリーズで描かれてきたのは、「皆の力を結集する大切さ」ではなかったか。かつてのキリヤマ隊長の「自らの手で守り抜かなければならない」という言葉、メビウスでは、ウルトラマンの活躍を否定する言葉として度々使われてきており、特に前々回、シキがネガティヴな意味合いを含ませたのが決定打となった。つまりこの言葉は、ウルトラマンと地球人が手を取り合う(ゾフィー流に言うと「肩を並べる」)協力関係を、一方的に拒否する言葉として響く。ミライとの別れを正当化するためのエクスキューズとして、分からないでもないが、「お互い離れていても、共に宇宙を守っていきたい」というニュアンスにすれば、もっとテーマに一貫性が出たのではないかと思う。

 ところで、ウルトラ兄弟のファンは、宇宙空間で光線を放ち続ける兄弟たちの姿(特にアストラ!)に感慨を覚えたことだろう。ハヤタ、ダン、郷、北斗もイメージとして登場、ウルトラの父も姿を見せ、その満足度は高い。ユリアンとウルトラの母、ウルトラマンキングの登場がなかったのは少々残念だが、尺的にギリギリで、よくぞあれだけの活躍場面を挿入できたものだと感心する。ゾフィーの巨大化シーンからM87光線までの流れも非常にカッコ良く、ウルトラ兄弟の勇姿を軽んじない制作姿勢には、素直に感謝の意を贈りたい。それでいて、「ウルトラ兄弟の物語<CREW GUYSの友情物語」となっているところは、メビウスというシリーズを貫徹する意味で非常に大きい。前述の欠点こそあれ、見事な構成、見事なテーマ貫徹、見事な感動性は揺るがない。

 ウルトラマンメビウスの物語は、ひとまず完結した。メタ的にメビウスのテーマを読み取るならば、このシリーズは「ウルトラマンというキャラクターがパーマネントであるという証明」であり、「ウルトラマンは人間と不可分であることの証明」であろう。前者は旧キャラクターが充分現在でも通用し、メビウスがそれに合流するだけの認知度を得たこと、後者は「人間体」のイメージがプロモーション戦略に有効であったことで検証を見た。昭和シリーズのファクターを最大限に活用しつつ、平成シリーズのあらゆるノウハウを投入、そこに70年代のストーリーテリングの香りを持ち込んで成功させた、シリーズ中の王道作であり異色作。それに加え、派手なお祭り要素も加味した本シリーズは、まさにウルトラの歴史の統括であり、新たな一歩であった。ウルトラシリーズは本作を以って一旦休止となったが、このメビウスのパワーを受け継いだ新たなウルトラマンが、近いうちにまた地球へと降り立つ日が来るに違いない。

データ


監督

佐野智樹

特技監督

原口智生

脚本

赤星政尚