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Wada Akiko Co.,Ltd. ((株)ワダアキコ)

(株)ワダアキコ WADA AKIKO corporation

 タイトルは「マエカブ・ワダアキコ」と読む。歌手生活35周年記念盤。セルフ・カヴァー集である。個人的なことで告白すれば、このアルバムは「悩み無用!」目当てに買った。しかし、聴いてみると実に「和製R&B」していて面白いアルバムだった。

 ベスト盤で分からなかった和田アキ子の魅力の構成要素が、このセルフ・カヴァーを聴いて分かったような気がする。それは、アレンジがどれだけファッショナブルになっていても、「日本の歌謡曲の歌唱法」を大事にしているということだ。勿論、和田アキ子が歌謡曲専門の歌手だという意味ではなく、歌謡曲の旗手たちが築いてきた歌唱法に、自身が愛するソウル・ミュージックの要素を取り入れてブラッシュ・アップさせているということだ。「オーソドックスかつダイナミック」というのは、実はここに起因している。

 ソウル・シンガーの模倣であれば、他にも沢山のアーティストが輩出されているし、確かにうまいのだが、和田アキ子のうまさというのは、メロディの押さえ方やヴァイブレーションのダイナミックさという「機能的」なものだけではなく、日本人独特の「オモテ拍」を微妙にフェイクさせているところだと思う。実際「ウラ拍」を押さえることの出来る日本人は少ないというが、「オモテ拍」しか押さえないような実にくだらないソウルもどきが氾濫している中、和田アキ子のリズム感は天才的だ。「オモテ拍」はちゃんと押さえている。だが、感性的に微妙にフェイクしていて、実にグルーヴィな歌い方をする歌手だ。

 ところで、このアルバムのアレンジメントだが、和田アキ子の魅力をよく分かっていると思う。「歌謡曲にソウルフルでジャジィなアレンジ」が主旨のようで、それはこの粋なセルフ・カヴァーにピッタリだ。ただし、「古い日記」と「コーラス・ガール」のアレンジメントはちょっと...。「あの鐘を~」と「だってしょうがないじゃない」、そして「抱擁」はシビれる出来。「あの鐘を~」ではサビを1小節ずらしてくるところなど「これぞセルフ・カヴァー」と言える内容。「だってしょうがないじゃない」は原曲の歌謡曲っぽさが抜けてメチャクチャにカッコいい出来!

 このアルバムはデジパック仕様。しかも「代表取締役社長和田アキ子」の名刺付き! このCD、リサイタルっぽい雰囲気で構成されているのかと思いきや、何と株主総会だったというオチ付き! 粋な構成だ。

Talk (トーク)

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TALK(紙ジャケット仕様)

 8人イエスから再び離散が起こり、ラビン体制の90125イエスが残留した。「ロンリー・ハート」、「ビッグ・ジェネレイター」を制作したメンバーの手による本作は、それら2つのアルバムとはかなり赴きの異なる作風となった。

 勿論、ラビンのヘヴィでハードなポップ・ミュージック趣向は全編に漂っているが、「ビッグ・ジェネレイター」程あからさまではなく、イエスとしてのアイデンティティ、つまりプログレッシヴ・ロック・グループという肩書きの雰囲気が存分に感じられるアルバムとなっている。これは、「結晶」で既に示された方向性であり、ABWHとの交流がこの音を作ったのだろう。現に「結晶」で聴かれた90125イエスの楽曲の雰囲気は、本作と大差ないように思われる。

 「コーリング」や「ステイト・オブ・プレイ」といったキャッチー路線はもはや無敵の印象。ラビン無しにはありえない旋律の美しさとアレンジメントの重厚さが映える傑作である。一方で、「リアル・ラヴ」や「ホェア・ウィル・ユー・ビー」のようなABWHを想起させるような曲もあり、必ずしもラビンが一方的にプロデュース・ワークを行っていたわけではないことが感じられる。

 そして、本アルバム最大の問題作は最終を飾る大作「エンドレス・ドリーム」である。スピード感と重厚感をこれでもかと感じさせる開幕パートの素晴らしさは鳥肌モノ。泣きギターが唸る重厚な中間パートはタイトル・チューンでもある。最後のパートは奥行きを感じさせるバラッドとなっており、プロダクションの良さが光る。当時は「危機」の続編だとはやし立てられたのだが、「危機」とは全く世界が異なるのは一聴瞭然であり、アルバム全体の中にこの形態で配されたことに意味がある。90125イエス最後の輝きを是非とも感じ取っていただきたい。

Union (結晶)

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結晶

 アンダーソン・ブラッフォード・ウェイクマン・ハウ(以下ABWH)が次作を制作中、アンダーソンはキャッチーな曲がないことに気付き、こともあろうにラビンに接近、これがきっかけとなって90125イエスとABWHが合体、8人イエスが誕生した。ABWHの次作となる曲群にスクワイアがコーラスで参加し、90125イエスにアンダーソンがヴォーカルで参加することにより、本作が誕生した。

 ファンのみならず、メンバーの評判もあまり良くない本作だが、それはダブル・プロダクションの無理な融合にあるのは間違いない。ということで、トータルな完成度という点では、オムニバス盤の域だと言えるだろう。

 そこで、あえてABWHと90125イエスの楽曲を分けて聴いてみると、なかなか興味深い。1、2、3、5、8、10、11、12、13、14、15がABWH、4、6、7、9が90125イエスによるものである。ABWHは「閃光」で見られた緻密で粒子の細かいアレンジメントに、トニー・レヴィンによる「スクワイアの物真似」ベースとスクワイア本人のコーラスを加えて(実際は1、5、11のみ)、より本来のイエス・ミュージックに接近した印象。「ウェイティッド・フォーエヴァー」、「ショック・トゥ・ザ・システム」、「サイレント・トーキング」、「デンジャラス」のような佳曲が並ぶ。ハウのソロ「マスカレード」も素晴らしい。対する90125イエス側は、「ビッグ・ジェネレーター」を超える完成度を持つ楽曲ばかりで、このあたりは次作「トーク」への伏線とみて間違いないだろう。

 このように、一曲一曲の完成度は高いのだが、無理やり一つにまとめてしまった為に、散漫なアルバムになってしまった。ABWHが単独で、そして90125イエスの曲が「トーク」と一緒に収録されていたら、と思うと興味は尽きない。

Anderson, Bruford, Wakeman, Howe (閃光)

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閃光

 トレヴァー・ラビン体制に耐えかねたアンダーソンが、自身のソロ・プロジェクトとしてブラッフォード、ウェイクマン、ハウといった「こわれもの」「危機」を作り上げた仲間を集結させた。やがてそれはイエスそのものではないかという認識となり、ラビン体制のイエス(いわゆる90125イエス)とは異なるもう一つのイエスとして活動することになった。それが、このアンダーソン・ブラッフォード・ウェイクマン・ハウというグループである。長いグループ名になったのは、無論本家90125イエスが存続していたからである。

 さて、肝心の内容はというと、キラキラとした透明感を伴った粒子の細かい音が絡み合うようにして構成された、実に美しくダイナミックな曲群が並ぶ傑作である。それは、そのまま「危機」や「究極」といった傑作の特徴を継承したものだ。

 イエスを名乗ったとした場合、このアルバムに欠けているのはスクワイアのベースとコーラスなのだろうが、決定的に欠けているのはアコースティック感である。この時期、ブラッフォードはエレクトリック・パーカッションに傾倒しており、ウェイクマンのキーボード・ワークも当然デジタル化されているわけで、所々では音の軽さが目立っている。ちなみに、ベースはトニー・レヴィンが担当している。レヴィンの起用は恐らくブラッフォード繋がり。

 ただ、重量感という点をあえて軽視したとき、本作の美しさの突出振りがうかがえるのは間違いない。「テーマ」、「ブラザー・オブ・マイン」のようなこれぞ新世代イエス・ミュージックと唸らせるようなものや、「バースライト」や「クァルテット」のように各人の持ち味が存分に発揮されたもの、「TEAKBOIS」のようにアンダーソン趣味丸出しのものまで、実にバランスよく配された傑作アルバムである。

Big Generator (ビッグ・ジェネレイター)

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ビッグ・ジェネレイター(紙ジャケット仕様)

 「ロンリー・ハート」をよりラビン色に染めたアルバムと言って、ほぼ差し支えないだろう。「ロンリー・ハート」ではアンダーソン、ラビン、スクワイアの三位一体ヴォーカルが実にバランス良く配されていたのだが、本作ではアンダーソンのヴォーカルがかなり部品化している(わざとそうしているようにも聴こえる)。

 実のところ、ラビンの強引なイニシアティヴがプラスに働いている面も多い。「ロンリー・ハート」よりもさらにパワーに溢れ、押しの強いサウンドになっており、パワー・ポップというジャンルに限って言えば最高峰とも言える出来。各曲も実に個性的でいてキャッチーなのは驚きだ。

 しかしながら、この辺り、イエスファンとして受け入れられるかどうかは大きく意見が分かれるところ。実に売れ筋なカッコいいアルバムなのだが、イエス独特のガラス細工っぽい繊細さがかなり後退しているような感じもする。「ロンリー・ハート」に「ドラマ」の大仰な作風をプラスしたような味わい。

 この後、激しくメンバー集合離散を繰り広げるイエスだが、展開される音楽には、本作にあるようなパワー・ポップの要素が少なからず踏襲されているのが面白いところだ。

90125 (ロンリー・ハート)

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ロンリー・ハート(EXPANDED&REMASTERED)

 このアルバムを初めて聴いたときの驚きは、キング・クリムゾンの「ディシプリン」を聴いた時に匹敵するものだった。

 確かに、本作と「ディシプリン」の2作には共通点がある。共に、それまでのグループにとって明らかに異質な、それでいて強力な個性を持ったメンバーが加入している点。そして別のグループ名義で活動しようとしていたものが、結局「元サヤ」になったというパターンを踏んでいる点である。

 ただ、クリムゾンの「ディシプリン」に比べ、イエスとしての違和感があまり感じられないのが本作の特徴。それは、ラビンのハード・ポップ・コンポーザーとしての個性が、イエスが常に標榜していたと思われる「ポジティヴ」に見事にマッチしたからに他ならない。リズムとしては基本的に8ビートがベースで、以前のような変拍子の嵐や細かな音符の重なりといったものは感じられにくいが、そこはトレヴァー・ホーン(!)による緻密なプロデュース・ワークによって、イエスの構築美感覚が完璧に発揮されている。

 本作は80年代ロックにありがちな、独特の古臭さがないところが本当に凄い。イエスのアルバムの中で一番売れており、現在でもCMソング等に採用されている「ロンリー・ハート」など、絶妙なノリを湛えたチューンは酔える事必至。

Drama (ドラマ)

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ドラマ(紙ジャケット仕様)

 ウェイクマン、そしてイエスの「顔」とも言うべきアンダーソンが脱退。窮地に立たされたスクワイアの大胆な試みは、「ラジオスターの悲劇」で大ヒットを飛ばしたトレヴァー・ホーンとジェフ・ダウンズからなるバグルスを吸収合併するというものだった。元々バグルスの2人がイエスのファンだったということも手伝って、スクワイアの思惑はすんなりと通用した。

 プロダクションが緻密で、よく出来たプログレッシヴ・ロック・アルバムである。「マシーン・メシア」では、ホーンがアンダーソンを彷彿させるハイ・トーン・ヴォーカルを披露しているが、他のパートは過去のイエスと異なり、かなりヘヴィな音作りになっている。このあたりは、ダウンズの醸し出すキーボード・ワークの雰囲気に拠るところが大きい。「白い車」に至ってはダウンズの誇るシンセ・オーケストラの独壇場で、過去のイエス・ワールドとは全く異なっている。

 一方、「夢の出来事」では、変拍子、明るいメロディといった部分が本来のイエス・ミュージックを感じさせる。「光を越えて」では、ホワイトの安定感溢れるドラムやメロディの組み立て方が、後の90125イエスへの展開を予感させる。「光陰矢の如し」は「イエス」という単語が連発される、疾走感溢れるナンバーで、往年のスピード感を強く感じさせる。

 このように、イエスになろうとする要素と、後のエイジアで展開される、複数の楽器のユニゾンで厚みと奥行きを出す方法論や、アンダーソンほどの華がないホーンのヴォーカルなどとがズレを生じさせており、スクワイアの妙に元気なベースを除けば、後にダウンズとハウが参加するエイジアのアルバムに聞こえてしまう部分が多い。「レンズの中へ」などは傑作ナンバーながら、その感覚が最も強い曲に挙げられるだろう。

Tormato (トーマト)

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トーマト(紙ジャケット仕様)

 「究極」のテイストを受け継いだアルバムかと思いきや、よりコンパクトでハードな楽曲が並んだ傑作。「究極」で見られたような、キラキラしたものが奥行きを伴って迫り来るような感覚はなく、よりライヴ感を重視した音作りが成されている。

 リバーブも控えめ(というより殆ど無いような印象)、いかにも「スタジオ録りです」といった感じは、ポストプロダクションにおける手間を省略したような印象を与えるが、その部分を減点するようでは、このアルバムの魅力を堪能することは出来ない。例えば、オープニングを飾る「輝く明日」~「歓喜」。ウェイクマンの派手なキーボード・ワークと骨太なリズム・セクションが目立つが、音像に奥行きを与えられなかった分、引き締まって聴こえる部分も多く、アンダーソンのヴォーカルまで含めて非常にタイトである。余計な装飾がないことで、イエスの骨格をビシビシと体感できる。

 「輝く明日」~「歓喜」と同様の傾向は、他のナンバーにも見られる。ハウの泣きギター(?)で始まり、見事なコーラス・ワークと力強いヴォーカル、ウェイクマンの波打つようなシンセ・フレーズが印象的な「クジラに愛を」、複雑なコーラス・ワークで畳み掛ける「自由の解放」、シンセの電子音が特徴的な、楽しい題材をそのまま曲に仕上げた印象の「UFOの到来」、珍しく足元の軽いホワイトのドラミングと、インプロヴィゼイションのような各パートが意外性を喚起する「自由の翼」。

 一方、叙情性と幻想性を追及した「マドリガル」、「天国のサーカス」、「オンワード」といったナンバーもあり、聴き手を飽きさせない構成は見事である。この作品の本質は、「メンバーが協力して楽しい作品を作った」ことにある。まとまったサウンドや寓意に満ちた詩、挙げられる魅力要素は数多く、それまでのイエス・ワールドに対する先入観を捨てて聴く事が出来れば、このアルバムの持つ緊張感と開放感の波を心地よく感じられるだろう。

Going for the One (究極)

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究極

 初めて聴いたときは衝撃的だった。オープニング・ナンバーはのっけからディストーションの効いたハウのスティール・ギター。ノリの良いロックンロール系リズムに度肝を抜かれる。アンダーソンのこれまで以上にハイ・トーンなヴォーカル、独創的なコーラス、ウェイクマンの超速弾きシンセ。素晴らしくハイ・テンションなタイトル・チューン「究極」はイエスに新しい側面を加えた印象的な1曲だ。

 本作を聴くと、精緻なモザイクのような緻密に過ぎるイエス・ミュージックはない。むしろパワーに溢れた、各人の技量に依存したライヴ感溢れる音作りになっており、ダイナミックな量感に圧倒される傑作アルバムだということが分かる。

 アンダーソンの持つ叙情性と、ハウのマイルドなアコースティック・ギターが見事なコラボレーションを成す「世紀の曲り角」、次なる「パラレルは宝」は、ウェイクマンのチャーチオルガンがシアトリカルな効果を存分に発揮する。「不思議なお話を」はスロー・テンポな曲ながら、アンダーソンの澄んだヴォーカルとハウの爽やかなギター、ウェイクマンのきらびやかなシンセ、スクワイアとホワイトによる足元のしっかりしたリズムセクションが冴える傑作。

 そして、何と言っても真に「究極」なのは、シャープなプログレ・ナンバー「悟りの境地」。幽玄の彼方から迫るアンダーソンのヴォーカルに始まり、目くるめくハウのギターとウェイクマンのキーボード・ワークが展開されていく。スクワイアの骨太なベースとホワイトのズッシリとしたドラミングが支える中、自由に飛び回るヴォーカル、コーラス、ギター、キーボード。見事なアンサンブルで幻想に満ちた世界を描ききった超傑作ナンバーだ。

Relayer (リレイヤー)

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リレイヤー

 「海洋地形学」発表後にリック・ウェイクマンが脱退し、その後任としてイエスに加入したのは、ウェイクマンとは全くことなるアプローチを見せるパトリック・モラーツ。そのモラーツ加入時唯一のアルバムが、この「リレイヤー」である。前作があまりにも壮大であったのに対し、この作品は割とコンパクトにまとめられている。ただし「危機」と同じ全3曲(A面に1曲、B面に2曲)という構成であり、「プログレッシヴ・ロック」としてのフォーマットは守られた形となった。

 しかしながら前作より、ひいては「危機」の頃よりも随分とハードで派手な作風になっている。1曲目の「錯乱の扉」は前作のアプローチをよりハードな作風に発展させたような大曲。モラーツの音色はこれまでのイエスと比べて明らかに異質なものであり、ハウのギターにも少なからず影響を与えているようだ。また、細かいフレーズが繰り出されながらも全体的にテンポが早く、凄いナンバーだ。途中アンダーソンによって歌われる「スーン」の清涼感も素晴らしい。

 「サウンド・チェイサー」では、モラーツの影響か、フュージョンっぽいエレピに導かれてスクワイアまでフュージョンっぽいベース・フレーズを弾いていたりする。そこをアンダーソン節が従来のイエスに引き戻すあたりが面白いところだ。「錯乱の扉」に比べてさらに展開は目まぐるしく、イエスが最もプログレ寄りの姿勢を見せたナンバーと言って良いだろう。

 終わりを締めくくる「トゥ・ビー・オーヴァー」はゆったりした壮大なナンバーで、他の2曲とは全く違った印象。ただしアレンジメントは一筋縄ではいかず、ハウとモラーツがそこかしこに細かいフレーズを織り込んでいる。本作の美点は、こういった妥協のなさであろう。

Tales from Topographic Oceans (海洋地形学の物語)

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海洋地形学の物語(紙ジャケット仕様)

 新ドラマーのアラン・ホワイトと共にツアーを終えたイエスが発表したのは、2枚組全4曲という「これぞプログレ」と言わんばかりのコンセプト・アルバムだった。何やら宗教めいた歌詞や奥行きのある音場作り、壮大なスケール感。要素を引っ張り出すと傑作の香りに包まれたアルバムであると断言できる。

 アンダーソンの呪文のようなヴォーカルから幕開ける「神の啓示」は、ウェイクマンのシンセサイザーがかなり前面にフィーチュアされた、シンフォニックなナンバー。前半はゆったりとしたリズムで推移していくが、突然後半よりテンポ・アップし、ホワイトならではの重厚なリズムとウェイクマンの驚異的なソロが堪能できる。2曲目「追憶」は、一転してコーラス・ワークを重視した静かなナンバーだが、そこは簡単にいかない本作、後半はハードなハウのアルペジオをフィーチュアしたものに変化していく。

 異様に細かいフレーズが続々と重なるオープニングが鮮烈な「古代文明」は、変拍子と不協和音を多用した幻想味溢れる構成で、イエスとしては少々異色のナンバーである。ただし、ハウのアコースティック・ギターが延々とフィーチュアされるなど、イエスならではの要素も縦横に感じられる。最後を飾る「儀式」は、本作のハイライト。各インストゥルメントの複雑で不思議なコラボレーションと美しいコーラス・ワーク、特にホワイトが作り出すドラムは一見オーソドックスでありながら、実に各パートをうまくリードしており、この安定感がイエスにもたらした影響は大きい。

 制作中にリック・ウェイクマンが「冗長だ」という類の発言をしたそうだが、強ち外れてはいない。しかしながら本作を強く傑作に推したいところ。何といっても2枚にわたり各人の力量が如何なく発揮され、魅力的なフレーズがそこかしこに現れる贅沢さがたまらない。さらに、「危機」までに比べミックスなどポスト・プロダクションに緻密さが感じられるのが良い。音が綺麗だ。

Close to the Edge (危機)

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危機

 問答無用のイエス最高傑作。全3曲という構成は、紛れも無くプログレッシヴ・ロックの記号的解釈を誘うことができるが、このアルバムは当然それにとどまることが無い。前作で得られた強固な各人のコラボレーションが、さらに拡大解釈と詳細設計を施され、1枚のアルバムに作品として収められている。それは効果音から一糸乱れぬコーラスまでを完璧にコントロールした、一種のインダストリアル・プロダクションだ。

 長尺でありながら、一気に聴かせる構成力。複雑なアレンジを、窮屈さを感じさせること無く適度な緊張感を維持して盛り込む類稀な演奏力。あらゆるアイディアを見事な構成力でまとめたタイトル・チューン「危機」は、イエスのプログレッシヴ・ロック・グループとしての側面を最も象徴した一曲だ。ロックならではの高揚感も、ここではさながらシンフォニーのようなドラマチックな高揚感へと昇華される。フィナーレに至る部分は何度聴いても鳥肌モノだ。

 2曲目「同志」は、一転してハウのアコースティック・ギターをフィーチュアした穏やかなパートより開始される。全編がハートウォーミングなフレーズで彩られ、ウェイクマンのメロトロンが壮大さを演出する。ここでは、スケールの大きなイエス・ワールドが演出されており、1曲目との対比が鮮やかだ。

 そして、最後を締めくくるのは、軽やかなフレーズで人気の「シベリアン・カートゥル」。細かい音符が織物のように一つの曲を形成しており、複雑な構成ながらポップな雰囲気を醸し出す代表曲。「同志」とこの曲は後々までずっとライヴで演奏されており、「サード・アルバム」の楽曲群と並んで最重要レパートリーになっている。

Fragile (こわれもの)

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こわれもの

 イエスの代表作といって、これを挙げる人は多い。それほど、このアルバムには「イエスらしさ」が溢れている。その「らしさ」とは、つまり緻密なアレンジが生むダイナミズムと、次々と繰り出されるフレーズがまとまりを見せて曲を成すこと、さらにポップなフィーリングであると説明できるだろう。

 まず1曲目「ラウンドアバウト」から既にその特徴が顕著である。骨太かつ疾走感溢れるベース、タイトで正確無比それでいて個性的なドラミング、バッキングでありながらフレーズとして成立するギターワーク、驚嘆すべき手数でアレンジの幅を広げるキーボード・プレイ。それら全てがこの1曲に集約されている。

 このアルバムのもう一つの特徴は、各人のソロ系ナンバーが収録されていることである。ウェイクマンのキーボード・ワーク「キャンズ・アンド・ブラームス」、アンダーソンのコーラス・ワーク「天国への架け橋」、ブラッフォードの手によるアヴァンギャルドな「無益の5%」、ハウのアコースティック・ナンバー「ムード・フォー・ア・デイ」、そしてスクワイアの「ザ・フィッシュ」。それぞれのテクニックやアイディアが、小品に詰まっているようで面白い。ただ、トータルの完成度における評価を次作「危機」に譲った形になっているのが、これらソロ作品による散漫なイメージ故であることも付け加えておかなければならない。

 本作は、そういったソロ作品に費やされて、前作のような大作が少ないのだが、「天国への架け橋」から「南の空」へ繋がるシークェンスや、「遥かなる想い出」から「ザ・フィッシュ」への組曲的な構成など、前作を思わせる部分が継承されており、全員が素晴らしいコラボレーションを見せる「燃える朝焼け」では組曲・大作として結実する。このアルバム構成は見事と言うほかない。

The Yes Album (サード・アルバム)

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サード・アルバム(EXPANDED&REMASTERED)

 イエス第三作。初期の傑作として位置づけられ、組曲形式や大作主義を持ち込んだプログレッシヴ・ロック・グループとしてのアイデンティティを確立しつつある様子が見て取れる、重要なアルバムだ。

 オープニングの「ユアズ・イズ・ノー・ディスグレイス」から既に組曲形式の大作で、ポジティヴ・パワーを湛えた関連性のある楽曲が次々と連なっていく方法論は、後の「危機」に繋がるものであることは明白。

 こういった楽曲の組み立て方やアレンジメントの細やかさの要因は、やはり新たに加入したスティーヴ・ハウに依るところが大きい。バンクスと明らかに違うのは、極めて理性的にアレンジの裏表を縫った演奏を繰り広げることである。他のパートに重きが置かれるときは控えめに、かつ細かいアルペジオで支え、自らのソロではテクニックの嵐というスタイルだ。完全なソロ作品である「ザ・クラップ」が収録されているのも、ハウの存在意義を前面に押し出しているようで興味深い。

 組曲形式のナンバーは他にも多数収録されている。プログレの「長く複雑な」特徴は、様々なハウのギター・プレイを聴くことが出来る「スターシップ・トゥルーパー」や、見事なコーラス・ワークが光る「アイヴ・シーン・オール・グッド・ピープル」、複雑なリズムを次々と出現させるハウとケイのコラボレーションが絶妙な「パペチュアル・チェンジ」と殆どの曲に当てはまるのだが、そこに聴き易さが加わるところがイエスならではと言える。これらの楽曲は、後々の重要なレパートリーとして永く残っている。それほど本作がイエスにとって、ターニング・ポイントであり重要な作品であることは論を待たない。

Time and a Word (時間と言葉)

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時間と言葉(EXPANDED&REMASTERED)

 イエスの第二作。オーケストラとの共演というアプローチを全面的に展開した作品である。この時期、オーケストラとの共演アルバムを製作したグループは多く、その意味では当時新鮮に響いたかどうか、疑問ではある。

 一般に、このアルバムの評価は「中途半端」とか「アンバランス」といった言葉で表されることが多いが、なるほど、大音量でストリングスやブラスが大袈裟にかぶったりするところなど、そのように評されても仕方のないところ。現にギタリストのピーター・バンクスは、このオーケストラ・サウンドに自らのギターの音を掻き消されたとして、不満を露にし脱退してしまった。

 ただ、魅力あるナンバーが収録されているのもこのアルバムの一面。ケイとスクワイアがドライヴ感を発揮する「チャンスも経験もいらない(カヴァー曲)」や「ゼン」、明るいメロディを重厚なリズム・セクションが支える「スウィート・ドリームス」、後々までの重要なレパートリーとなるバラッド風の「時間と言葉」。これらは傑作ナンバーと言えるだろう。

 いずれにせよ、「サード・アルバム」以降の音楽性とは異なる方面で、イエスの側面を味わって楽しむには格好のアルバムだと言えるだろう。

Yes (ファースト・アルバム)

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ファースト・アルバム(EXPANDED&REMASTERED)

 イエスのデビュー作。重厚なリズム・セクションと、リッチなコーラスに彩られたポップ・チューンは、今聴いても十分新鮮。適度な緊張感もあり、ジャズやブルーズのテイストも散りばめられ、イエスとしてのアイデンティティは、未完成ながらもこのアルバムに感じられる。

 「アイ・シー・ユー」と「エヴリ・リトル・シング」がカヴァー曲。どちらも原曲からかなり距離を置いたアレンジメントが施されており、結構楽しめる。オリジナル曲もその後のイエスを考え併せると、2、3倍は楽しめる。冒頭を飾る「ビヨンド・アンド・ビフォア」や、「サヴァイヴァル」の、少々マッタリとした展開に分厚いコーラスとガリガリベースが絡むところなど必聴。

 ところで、ファーストの特徴は、何といってもピーター・バンクスのギター。スティーヴ・ハウ加入後のイエスと決定的に違うのは、やはりこの一点に尽きる。トニー・ケイとリック・ウェイクマン二人のキーボード・プレイヤーの違いに比べ、より大きなギャップがあると思える。そのバンクスのプレイが光るのは、皮肉にも2つのカヴァー曲である。

 一方、「ルッキング・アラウンド」のように、ケイのグルーヴィなオルガンが鳴り響く佳曲も。以上のような楽しさに満たされたファースト。しかしながらこのままでは、イエスがプログレ・バンドの彗星になることは出来なかっただろう。

Avalon (アヴァロン)

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アヴァロン(紙ジャケット仕様)

 「サイレン」と並ぶ、ロキシー・ミュージック最高傑作にして、オリジナルに限ればラスト・アルバム。そして、ロック史上に残る名盤中の名盤である。

 「マニフェスト」、「フレッシュ・アンド・ブラッド」を経て、フェリーが得たものを総投入したプロダクション作品であり、ロキシー・ミュージックとしての個性というよりは、むしろブライアン・フェリーの個性を反映したアルバムと言える。すべての音が奥行きのある空間を漂い、それらを完全にコントロールすることから生まれる幻想に満ちた世界。ポップ・ミュージックの頂点であり、未だこの作品を超えるものはある意味存在しないのではないか、とも思える。

 完璧なプロダクション、緻密なアレンジ、シンプルでシャープなインスト、丁寧なミキシング、それらの総合芸術がこの作品を産み落としたことは間違いない。「夜に抱かれて」、「アヴァロン」、「タラ」などを聴くと、幻の空間に飛翔していくロキシーを感じ取ることができる。それはつまり、もうロキシーとしてやるべきことはやりつくし、開放された姿だ。勿論、前作までに見られたような16ビートの導入もごく自然で、幻想味溢れる空間に強力なグルーヴ感を加味していて素晴らしい。

 この後、フェリーはソロへと活動の中心を移行していく。そして、同様の手法を用いて「ボーイズ・アンド・ガールズ」のような傑作をモノにするのだ。

Flesh and Blood (フレッシュ・アンド・ブラッド)

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フレッシュ・アンド・ブラッド(紙ジャケット仕様)

 ロック史に残る傑作アルバム「アヴァロン」の陰に隠れて印象の薄い本作。だが、珠玉のナンバーが並ぶ隠れた傑作である。ロキシーではご法度(?)だったカヴァー曲が2曲(「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」と「霧の8マイル」)含まれており、いよいよブライアン・フェリー主導のプロジェクトは勢いを増してきた。

 前作よりも、格段にプロダクションの緻密さを感じさせ、全体の統一感も素晴らしい。また、16ビートのダンサブルなリズムが散りばめられており、「セイム・オールド・シーン」などはシンセ、ベース、ドラムス、ギターが完璧にグルーヴ感を演出、これ以上無いカッコ良さがたまらない。ここに透明感が加わるのだから、コアなブリティッシュ・ロック・ファンも思わずハッと聞き入るに違いない。

 一方、「オー・イエー」や「マイ・オンリー・ラヴ」といったバラッドが一層深みを増している点も見逃せない。従来のロキシーのバラッドと言えば、フェリー独特のヴォーカルがキャンプな世界を演出していたのだが、ここでは極限にまでソフィスティケイティドしたような、大人のロックを聞かせている。

 「アヴァロン」に繋がる重要なアルバムであると共に、ポップ・ミュージックが超えられない一線を引いたアルバムとして、高く評価されてしかるべきである。

Manifesto (マニフェスト)

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マニフェスト(紙ジャケット仕様)

 「サイレン」で一旦解散したロキシー・ミュージックが、再結成してリリースしたアルバム。前作までの雰囲気を残しつつも、次作より展開されるダンサブルでクリアなサウンドへの変化を、つぶさに観察できる過渡期のアルバムである。

 過渡期とは言え、それなりに完成度が高いのがロキシー・ミュージックの凄いところ。全体的にフェリー主導の部分が強まってきており、「ブライアン・フェリーの音世界」とも言うべきサウンドが、段々と完成されていくのが分かる。従来のロキシーっぽい曲の代表は、「マニフェスト」や「トラッシュ」。ソウルっぽさが意欲的に導入され、次作からの重要な要素に発展していく様が見て取れるのが「ダンス・アウェイ」、「クライ、クライ、クライ」である。つまり、このアルバムを通して聴くと、従来のロキシーから次作からのロキシーへの変化が見られるということになる。

 「スピン・ミー・ラウンド」などは、何度聴いても鳥肌モノで、空間に漂う音符の流れに逆らわず、自由に操るフェリーの様子が見えてくるようだ。この雰囲気は、次作よりむしろ「アヴァロン」に近い。

 もし「サイレン」と「アヴァロン」を聴いた方は、この「マニフェスト」を聴いてみて頂きたい。なぜ「サイレン」のような音を作り出したグループが、「アヴァロン」のような音を創出したか、分かって頂ける筈だ。

Siren (サイレン)

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サイレン(紙ジャケット仕様)

 「アヴァロン」と人気を二分する、ロキシーの最高傑作推薦盤。

 ついにプログレ路線は「センティメンタル・フール」一曲のみとなり、他の曲はパワーに溢れたロック・ナンバーとなっている。前作にて展開されたシンプルな音像をより洗練させ、聴き手に各パートが直に伝わるようなミキシングが施されている。各メンバーの自信の表れでもあろうし、本作で一旦ロキシーの歴史にピリオドを打つことが分かった上での気迫が満ちた結果なのかも知れない。

 名曲が揃いに揃っており、特に「恋はドラッグ」はロキシーといえばこの曲というぐらいの名曲だ。「ワールウィンド」のようないかにもロキシー流ハード・ロックなナンバーや、「ボウス・エンズ・バーニング」のように後々までライヴで披露される傑作ナンバーも収められている。

 冒頭に「アヴァロン」と人気を二分するとしたが、雰囲気、方向性ともに全く異なる作品であることに注目しなければならない。「サイレン」は、ロキシー・ミュージックがバンドとして最高の形を示したアルバムであり、そのダイナミズムは「アヴァロン」に勝ると言っていいだろう。