第2話「夏の夜の夢」

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 今回は、ヒカルと美鈴の淡い関係に一歩踏み込んだお話。

 とはいえ、全体的にはホラーコメディのテイストが横溢しており、やはり「ウルトラゾーン」的な印象が強かったように思います。いわば、ウルトラマンの登場する、「ウルトラゾーン」のドラマパートといった処でしょうか。話の深みといったものにはあまり期待出来ないものの、ウルトラの諸要素(ウルトラ念力のエフェクトとか!)をショー的に再構築したジュブナイルとしては、なかなかよく出来ているのではないかと。

 クライマックスのギンガ登場に至るプロセスは、実は前回と構造が殆ど変わっておらず、あまりストーリー的に新鮮味がないのは、短期決戦シリーズにしては少々痛い処なのですが、前回ヒカルがギンガに変身出来た事の意味や、美鈴との秘密の共有に関する意識の発展に関しては、概ね丁寧な感触の描写があり、良かったと思います。

第1話「星の降る町」

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 「大怪獣バトル」を除けば、純粋なウルトラマンのテレビシリーズは「メビウス」以来。

 異例の長期オンエア番組となった「ウルトラマン列伝」にて、時折挟まれる編集回や「ウルトラゼロファイト」で多少の渇きは癒やされたものの、やはり物足りないものがあったのも確か。4クールのフルレングスシリーズとはいかなかったものの、ここにきて、「列伝」枠内で新作が見られようとは。

 ある意味、ウルトラへの「偏執的な拘り」は一連のウルトラマンゼロに関する作品で払拭されており...というより、ウルトラマンのフォーマット自体が、連発されるブランクで徐々に受け入れ土壌を失ってしまい、もはや防衛チームも、怪獣の出現する過程を描くドラマも、ATGのような突き刺さる前衛性も、懐古的な趣味と一括されてしまうような時代になってしまいました。

 故に、「大怪獣バトル」は、怪獣自体がレイオニクスと呼ばれる怪獣使いの使役する「戦いの道具」とされ(それを逆手に取り、主人公のレイは、道具を超えた関係性を築く事で最強のレイオニクスとなるのですが)、「ゼロファイト」でそこにあるのは、既に確立されたキャラクターが一定のシナリオに乗って動き回る仮面劇。そこに「怪獣の出現と対処が生み出すドラマ」は皆無なのです。

 「ウルトラマンギンガ」初回は、このような状況を踏まえた上で、ウルトラシリーズのフォーマットは敢えて形骸として捉える事により、新しい作風を確立しようという苦慮が垣間見られました。