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最終話「世界の破壊者」

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 遂にテレビシリーズの最終回を迎えた「ディケイド」。2クール余りという珍しいシーズン展開に加え、平成ライダー総登場+αというお祭り要素を全面的に推進した「ディケイド」は、前代未聞の高密度を誇るシリーズとなりました。


 しかし、高密度で話題作ともなれば、様々な戦略が絡んでくるのも自明。夏の劇場版の大ヒットにも裏打ちされたことにより、テレビシリーズがある程度の犠牲を払わなければならなくなったことは、想像に難くありません。

 この辺りについては、最後にまとめて述べたいと思います。


 そして、今回はストーリーを追っていく過程に解説的な文言を挿入するのではなく、ストーリーはあくまでストーリーを追い、最後にまとめて解説的な文章を記したいと思います。というのも、この最終話自体が、冬に公開予定の劇場版に向けての、壮大な序章になっている為、解説を挟むと分かりにくくなると考えたからです。


 それでは、最終話の名場面集(?)と解説をどうぞ。

第30話「ライダー大戦・序章」

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 2クール余りという、80年代以降の特撮TVドラマでは極めて珍しいスパンで展開された「ディケイド」。いよいよお祭りシリーズもクライマックスです。

 数年前、「ディケイド」と類似したコンセプトの「ウルトラマンメビウス」が円谷プロダクション制作により放映され、人気を博しましたが(私も一生懸命ファンサイトを運営しました)、やはりこういったコンセプトのコンテンツは人気が高いようで、「ディケイド」も劇場版が大ヒットを記録するなど、色々と話題を事欠かない作品になりました。


 いきなりまとめ的なことを書いてしまいましたが、サービスたっぷりの割にちょっとした寂しさが漂っているのが、今回の特徴であり、それ故に「終わってしまう」感覚が湧き上がって来たわけです。


 そのサービスの面というのが、ワタル、カズマ、アスムといった、各世界の主役達が一挙に登場して来たというもの。そしてオリジナルの設定を大胆に流用・改変したユウキこと芳賀優里亜さん、謎の男でありながら剣崎一真という「完全にオリジナルと同一のキャラ」として登場した椿隆之さんの友情出演にあります。

 芳賀さんは「555」のレギュラーと「キバ」のセミレギュラーとして登場していますが、今回は「キバ」の鈴木深央(パールシェルファンガイア)を元にした役柄での出演になります。また、椿さんは言わずと知れた「剣(ブレイド)」の主演ですね。


 詳細に見て行くと、やはり前半で會川さんが脚本を降りてしまった影響があるのか、作品としての整合性を疑ってしまうような面もありますが、全体的にライダーの世界同士が対立するという退廃的な感覚に彩られた、ラストの導入部らしい一編になっています。それでは、見所をまとめてみましたので、ご覧下さい。

第29話「強くてハダカで強い奴」

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 アマゾン編の後編。アマゾンとマサヒコの関係をメインにフィーチュアし、最終的にはオリジナルのアマゾンにおける両者(つまりアマゾンとまさひこ)の関係に落ち着いていくのですが、何となくマサヒコの心情の変化が唐突であり、かなり予定調和に見えてしまいます。また、アポロガイストと十面鬼の扱いも中途半端で、十面鬼を最強の敵としつつも、あまり苦戦する場面が見られない等、その不徹底がストーリーの完成度にそれなりの悪影響を及ぼしています。


 一方、劇場版とのタイアップ的な展開による、大ショッカーの全面的アピールは、それなりに成功しています。骨戦闘員の活躍はコミカルだし、大ショッカーの本拠地たるタワーの出現はなかなか鮮烈です。しかし、如何せん「アマゾン」と「ショッカー」というタームがまるっきり繋がらないという問題が...。


 ちなみに、サブタイトルの「強くてハダカで強い奴」は、オリジナル・アマゾンの第3話「強くてハダカで速い奴!」のパロディです。でも、包帯姿ではあってもオリジナルのように完全な上半身「ハダカ」ではなく...。ここも中途半端な感じですね。


 あくまで私的な感想ですが、折角ラスト前を「南光太郎編」で盛り上げてくれたのに、何だかこのアマゾン編で大失速した感があり、結構テンションが下がってしまいました。なので、本編の紹介と感想もそれなりになってしまいました。とりあえず、ご覧頂ければということで。

第28話「アマゾン、トモダチ」

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 驚愕必至の南光太郎編に続き、またもや驚愕必至のアマゾン編。何故アマゾン!?と思わずのけぞってしまうようなセレクトですが、一応、アマゾンという異質なキャラクターを、士に重ね合わせる方向性で描かれており、本編を見た後は、初期昭和ライダーの中で順当なセレクトだったかも、と思わせられるのでした。

 ただ、大ショッカーというキーワードにかなり引き摺られてしまったか、いきなり昭和な雰囲気にシフトしてしまい、これまで巧く平成ライダーシリーズの美点を取り入れてきた「ディケイド」にあって、文字通り異色作になったのも確か。大ショッカーに支配され、ライダーを拒絶するという世界観も、「ネガの世界」や「ディエンドの世界」の二番煎じに映ってしまい、正直今一つな感は否めません。


 肝心のアマゾンですが、南光太郎の衝撃度がMAXだった為か、かなりトーンダウンした印象になってしまいました。確かに十面鬼は古代文明の力を感じさせて痺れる程のカッコ良さですし、ジャガーショックや大切断といった技も披露、変身も現代風のエフェクトで鮮烈度を増しています。が、何か物足りない。ギギの腕輪を奪われても平気とか、後半のアマゾンはもっと流暢だったぞとか、そういった些細なツッコミはいいのです。アマゾンライダーという、昭和の時代でしか出現し得なかったヒーローを、この平成ライダーシリーズで描くことへの違和感、これに尽きます。当時の「仮面ライダーアマゾン」という作品の、それこそ鮮血飛び散る程のテンションを持ち込むことは、まず不可能に近い。その為、今回のような、やや大人しいアマゾン像になってしまったのだと思います。


 勿論、昭和のアマゾン像を期待する方が間違いだという論も成立するわけで、その視点で見てみると、色々な発見があります。

 まず、エンリケさんという、エキゾチックな魅力を持つキャスティングを得て、アマゾン自身が異邦人的な要素を得ることに成功しています。元々オリジナルのアマゾンは山本大介というれっきとした日本人ですが、今回の物語では山本ダイスケといったキャラクターは存在せず、単に「日本人かどうか分からないアマゾン」として出現したわけで、よりアマゾンの異質さが際立っています。また、エンリケさんのブログによれば、流暢でないセリフ回しに関してかなり苦労されたようで、アマゾンライダー時のアフレコに若干の迫力不足はあるものの、純真なアマゾンのキャラクターをよく表現していたのではないでしょうか。


 アマゾンがオリジナルとかなり異なるキャラクターに仕上げられた一方で、岡村マサヒコとリツコの姉弟は、明確にオリジナルのパラレルキャラクターとなっています。オリジナルでは岡村まさひこ、岡村りつ子という表記であり、まさひこはアマゾンの初めての「トモダチ」、りつ子は当初アマゾンを目の敵にしているという、今回の設定に通ずるキャラクターでした。原典を知る者にとっては、マサヒコがアマゾンを徹底的に敵視する展開が衝撃的であり、また昭和の時代の原典を知るからこそ、最後の最後で改心するのではという期待を抱かせつつ、サラッと裏切って見せる処がより恐ろしく映るのです。このあたり、平成ライダーではやや当たり前の展開になっていますから、マサヒコの衝撃度は、昭和時代のヒーロー番組を知るか否かによって随分と変わってきます。


 では、色んな意味で衝撃的な今回の見所をまとめてみましたので、ご覧下さい。

第27話「BLACK×BLACK RX」

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 驚愕の「南光太郎編」後編。今回は「RXの世界編」ではなく、何と「BLACKの世界編」とも言うべき内容になっていた為、敢えて「南光太郎編」と呼ぶことにします。


 「南光太郎編」だけあって、光太郎関連の充実度は異様なまでに高く、正に蘇るBLACKといった趣になっています。中でも、「RX」の光太郎が、戦い続けることに対して微塵の疑問も感じていないのに対し、「BLACK」の光太郎は、戦いが続く事に対する苦悩を覗かせたり、大勢の仲間に恵まれた「RX」と対比される孤独な「BLACK」といった要素があったりと、とにかく両作品の差異を明確に取り上げているわけです。それは物語へ深みを与えると同時に、両作品を深く知る者にとってはパロディとしても映ります。当時、番組のタイトルが変わって光太郎の性格もガラリと変わってしまい、ある種の困惑を感じた当時のファンへ、パロディを届けようという意図が感じられます。


 物語の構造としては、RXの南光太郎に仲間の存在を示唆され、士が動き始めるという前回に対し、果てしない戦いに苦悩するBLACKの光太郎に、士がRXの光太郎の力強い決意を伝えることで、BLACKの光太郎の戦う決意を促すといった構造になっています。つまりは、他のライダーの世界に近似した流れを見せるわけですが、何とそれは前半に集約されており、後半は光太郎ダブル変身という一大イベントに向かって一気呵成に進んでいきます。この変則的な流れにより、劇場版への引きを作っているのはなかなか巧いところです。


 しかしながら、前半でBLACKの世界を脱したことにより、些かBLACKが軽視されたきらいもあり、その影響は、RXとの共闘がBLACK本人ではなく、ディエンドの「KAMEN RIDE」によるものになるなど、随所に表れています。また、霞のジョーが最後まで全く登場しなかったのも不自然。存在自体が色濃く匂わされてはいますが、どうもこれは小山力也さんへのオファーをギリギリまで粘っていたという事情があるものと推測出来ます。あくまで推測ですが、登場してもしなくても成立するよう、あのような措置に至ったのではないでしょうか。


 実際は夏海と士の物語も充実しているのですが、その辺りは本編の方で。今回はキャプ画大放出で進行します。何といっても、光太郎が二人居ますから。

第26話「RX!大ショッカー来襲」

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 いやはや、まさか平成ライダー10周年記念作品で、「元祖平成ライダー(要するに放映時期が昭和と平成をまたがっているということ)」が見られるとは。

 私の年代は、「スカイライダー」や「スーパー1」といった作品が洗礼期にあたり、「BLACK」シリーズは大きなお友達の一歩手前という時期の作品ですが、「仮面ライダー」への飢餓感が見事に「BLACK」シリーズへの興味に繋がり、正にリアルタイムで堪能した、初めてのライダーということになります。バトルホッパーやロードセクターのプラモを買ったりしたなぁ(笑)。


 もう20年以上前の作品になるわけですが、最新の映像技術での描写に微塵の違和感も感じさせないRXのスタイリング、フォームチェンジの元祖たる存在感、どれをとっても目の覚める完成度です。「RX」という作品は、当時も、そして現在も賛否両論に晒されていますが、こうしてみると、平成ライダーは「RX」なくして産まれ出ることはなかった(あるいはもっと遅かった)わけで、今更ながら「RX」の存在感を見せつけられました。


 そして、まさかの南光太郎、それも倉田てつをさんご本人の登場という、もう興奮必至のサービスに、全編鳥肌立ちっぱなし。変身ポーズのキレは当時以上の完成度ですし、年月を経て磨きのかかった、芝居のタメ等といった要素が、全てプラスに作用しているかのようです。明らかに狙った、昭和のヒーローらしい台詞まわしも嬉しいところ。

 更に、ラストでは「BLACK」の世界まで登場し、パラレルの南光太郎が二人登場するという驚愕の展開に。後に公開される劇場版でBLACKとRXが並び立っている理由が、ここで明かされることになるわけです。「BLACK」の方が明らかにダークトーンを狙っているのも、気が利いています。


 このように満足度は非常に高い一編なのですが、いわゆる「昭和ライダー」を未見の方に、果たしてこの話が分かるのかという疑問が。

 「霞のジョー」とは何者か、「怪魔ロボット」が何なのか、アポロガイストの衝撃度がいか程のものか、いきなり出てくる「ゴルゴム」というタームが何を現しているのか。こういったタームの羅列は実にマニアックであり、それ故にマニアでなければ面白さを理解出来ない...そんな気がします。

 こんなこと、「ウルトラマンメビウス」の時にも同様の指摘が出来た筈ですが、当時は全く気になりませんでした(笑)。私のブログも随分オープンになったものです。


 一応、分かりにくい部分に関しては、簡単な解説を盛り込んでいますので、ご参照の程を。昭和ライダーに関しては、私もかなりマニアな知識を有してますので...。


 では、本編の方をどうぞ。

第25話「外道ライダー、参る!」

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 シンケンジャーの世界後編は、二大ヒーローがグッと距離を縮めて活躍する一大娯楽編。

 凄いのは、全く異なる物語である両者の共通点を、栄次郎と彦馬に求めるというアクロバティックかつ自然な発想。劇中通り、「ヒーローの帰りを待つ者」という捉え方でこの二人を見ると、彦馬は納得出来るとして、栄次郎は果たしてどうなのかという部分は無きにしもあらずですが、それでも夏海を介することで「待つ者」を成立させているのは、お見事です。


 全体的な流れもスムーズで、飽きさせることが一切なく、それぞれの見所を押さえているのも特筆モノで、アクションの完成度も一級。シンケンジャー側は丈瑠が代表者となって前面にフィーチュアされ、他の面々の活躍はあまり見ることが出来ませんが、その分30分前の「シンケンジャー」本家でフォローされているのはさすがといったところでしょう。


 このように、「シンケンジャー」ファンにも「ディケイド」ファンにも満足度の高い一編に仕上がりましたが、特に押さえておきたいのは、鳴滝の言葉に丈瑠が踊らされないところ。「ヒーローはヒーローの本質を見抜く」というカッコ良さがたまりません。流ノ介達が士のカメラを爆弾と誤認して大騒ぎするのも良い対比となっており、丈瑠の心眼の確かさを堪能出来ます。この要素が、そのまま必殺武器交換というクライマックスに繋がっており、構成の確かさにも目を見張ります。

 丈瑠と士の対立構造が成立しないことにより、戦隊 VS ライダーという、いわば「夢の対決」は実現しないことになりましたが、その分、チノマナコ・ディエンド態をライダーそのものとして捉えること、そしてチノマナコ・ディエンド態が「KAMEN RIDE」でブレイドを召喚することにより、代替的に実現させています。


 では、大充実の本編をまとめてみましたので、ご覧下さい。

第24話「見参侍戦隊」

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 まさかの「侍戦隊シンケンジャー」とのコラボレーション!


 脚本は「電王編」での登板も印象深い小林靖子さん。「タイムレンジャー」あたりから、その脚本の巧さは光っていましたが、今年は「シンケンジャー」をそのビジュアルインパクトと反対側へ振り切るほどの迫力で描いており、その評価は実に高いものとなっています。今回の「シンケンジャー編」は、本家のメインライターが登板したということで、正にシンケンジャーの出張版になっており、シンケンジャー本編としても十分に楽しめるものに仕上がっています。

 まだ前半なので、「シンケンジャー」と「ディケイド」それぞれのストーリーが並行して進行している程度にとどまっており、完全に交差するところまでは来ていません。しかし、この軽いコラボ感により、「シンケンジャー」を未見の視聴者でもその世界観をある程度理解することが出来、いかに「ディケイド」とかけ離れたものなのかを味わうことが出来ます。一方で、外道衆を各世界の「怪物」に見立てたストーリー運びにより、いつもの「ディケイド」のパターンにちゃんと則っているのは秀逸。この絶妙の匙加減により、「シンケンジャー」の世界に士達が迷い込んだ感覚と、あくまで「ディケイド」の数々の世界の一つがシンケンジャーの世界だという感覚が同居しているのです。

 いわゆる「撮り方」も、戦隊の「東映チャンバラ映画」的アングルではなく、あくまで平成ライダーの「モダンムービー」的になっており、正に融合。一方で音楽は「ディケイド」のものだけを用いるのではなく、「シンケンジャー」の音楽が随所に使用され、一瞬「シンケンジャー」の本編そのものを見ている感覚に陥るところも巧い。


 前回でもちょっと触れましたが、あくまでライダーファン=戦隊ファンではないのは当たり前のことであり、人によってはその断絶の度合も深いものと思われますが、今回は「シンケンジャー」の世界観をちょっと笑っている感覚もあるので、戦隊ファンでない方でも楽しめるのではないでしょうか。

 「シンケンジャー」は「シンケンジャー」で、あくまでそのぶっ飛んだ世界観の中で大真面目に立ち回っているのですが、「ディケイド」にひとたび登場を果たすと、そのぶっ飛んだ世界観はユーモアの対象になって当然。このあたりを小林さんが書くことで、ユーモラスな感覚でとらえられたとしても「シンケンジャー」のファンは充分納得出来ると思います。


 なお、私は「シンケンジャー」のブログも並行して運営しているので、基本的に「シンケンジャー」側のキャラクターや世界観、ノリといった要素はそちらのブログとの連続を意識して記述します。

 「シンケンジャー」未見の方の為に、各キャラクターの紹介を。


  • シンケンレッド・志葉丈瑠 ... 「丈瑠」と表記
  • シンケンブルー・池波流ノ介 ... 「流ノ介」と表記
  • シンケンピンク・白石茉子 ... 「茉子」と表記
  • シンケングリーン・谷千明 ... 「千明」と表記
  • シンケンイエロー・花織ことは ... 「ことは」と表記
  • シンケンゴールド・梅盛源太 ... 「源太」と表記
  • 目付役(ジイ)・日下部彦馬 ... 「彦馬」と表記


 それでは、歴史的な出来事の目撃者になりましょう(笑)。

第23話「エンド・オブ・ディエンド」

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 ディエンドの世界後編。海東大樹の過去が明かされ、何故「お宝」に執着するようになったのかも、それとなく明かされます。


 ただし、海東の過去に関する描写は回想こそ充実していましたが、心情描写はあまり褒められたものではなく、殆どが士の長台詞に頼っており、その為、士自身も妙に早口になってしまい、何となく違和感がありました。台詞自体も説明台詞に終始しており、どうも登場人物に感情を感じられません。

 士に関して言えば、もはや「通りすがりの仮面ライダーだ!覚えておけ!」も何もあったものではなく、完全にお約束の数々はスポイルされており、私のようにパターンに納得してしまうような人間は、「何だかなぁ」という感想を持ってしまいます。


 また、この世界の特徴である「飼殺しの人間」という描写も、前編では折角充実していたのに、今回は殆ど見られないというのもマイナス。結局洗脳されて微笑んでいるのはユウスケと夏海だけでした。この為、フォーティーンの底知れない不気味さもスポイルされ、しかもコンプリートフォームにあっさり倒される(その上ディエンドの活躍の場はない)という展開も手伝って、何とも弱々しいボスになってしまったのでした。


 しかしながら、純一と海東の関係性を示す数々のシーンは、なかなか充実しており、特に純一の笑顔が象徴的に描かれたのは特筆に値します。結局、純一は洗脳を受けていたわけではなく、従順な笑顔自体も芝居だったことが判明するのですが、なるほど、それで目が笑っていないのかと納得させられます。即ち、笑顔の演技をしているという演技をしていたわけで、さすがは黒田さんです。

 純一自体がこれからどういう行動をとるのかは、視聴者の想像に任せられることになりましたが、やや希望を持たせる展開になっており、しかも純一を「完全には取り戻せなかった」ことで、海東の旅も続くという幕引きは巧くまとまっていると評価出来るでしょう。


 では、見所をまとめてみましたので、ご覧ください。

第22話「ディエンド指名手配」

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 ディエンド、即ち海東大樹の世界。

 「泥棒」と士に揶揄される海東と、指名手配という組み合わせは違和感がなく、面白いシチュエーションだと思います。しかも、ディエンドの世界は劇場版「仮面ライダー剣 MISSING ACE」のパラレルワールドでもあるという仕掛け。前回のネガ編が、紅音也を擁してダークライダー達の跋扈する特殊な世界としていたのに対し、元になる世界観がはっきりしているのが特徴です。


 ここで一つお断りを。

 「MISSING ACE」、私は未見であり、雑誌やWeb等で見聞きした情報しかありません。基本的な流れは把握していますが、圧倒的に説得力が欠けていることを、最初にお詫び申し上げます。


 さて、さすがに元々存在する世界観をベースにした上、オリジナルのキャストを揃えただけあって、安定感という点では、ネガの世界とは比較にならないほど。厳密に言えば、ダークローチの集団とフォーティーンは直接的な繋がりがないのですが(劇場版はアルビローチ)、同じ「剣」由来ということで、統一感を感じさせます。また、この世界特有の新怪人として、ボスローチが登場。他のライダー世界とのパターンの統一感も感じさせます。

 なお、私のように「MISSING ACE」を本当にMISSINGしたとしても、単純に面白いと感じられるストーリーで、海東の謎めいた出自が明かされるかも知れないとあって、視聴者の興味も大いにひきつけています。妙に片田舎が強調される割には、フォーティーンの拠点は都会的なビルディングだったりと、ビジュアルのインパクトも充分。言い方は悪いですが、井上脚本特有の「本筋に関わらないギャグの応酬」も殆どユウスケに集約されてしまっている為、全体的な流れも滞りなく進行します。テンポも良いです。


 ここで、今回登場するゲスト陣について言及しておきます。


 海東純一=仮面ライダーグレイブは、「MISSING ACE」では志村純一となっており、キャストはオリジナルと同一の黒田勇樹さんです。私なんかは、KinKi Kidsの出演で話題となった「人間・失格」でのインパクトある演技が、非常に強く印象に残っています。「MISSING ACE」への登場を知った時も驚きましたが、今回の登場にも驚きました。


 禍木慎=仮面ライダーランスは、杉浦太雄さん。特撮ファン的には「ウルトラマンコスモス」の主演である杉浦太陽さんの弟として広く認知されていますね。この方も「MISSING ACE」への登場時にかなり話題になった記憶があります。


 三輪春香=仮面ライダーラルクは、「MISSING ACE」では三輪夏美となっており、キャストは他のメンバー同様、オリジナルと同一の三津谷葉子さんです。かつてはグラビアアイドルとしてもかなりの知名度がありましたから、加藤夏希さんと並ぶ女性ライダーとして、鮮烈な登場だったと記憶しています。


 何故、禍木慎だけオリジナルと同一の名前なのかは不明ですが、この時点で考えられることとしては、元々3人とも、ネガの世界における紅音也と同様に、「パラレルな同一人物」として存在している可能性があり、純一は海東の兄でなければならない為に姓を変更され、春香は「夏美」だと夏海と語音が被ってしまう為に変更されたのではないでしょうか。3人とも少しずつ性格設定等異なっているようですが、限りなくオリジナルに近い人物だと言えるでしょう。


 では、見所をまとめてみましたので、続きをどうぞ。

第21話「歩く完全ライダー図鑑」

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 ダークライダー編の後編。前回断片的に示された要素が、一気に一つへまとまっていきます。


 この世界はダークキバを初めとするライダー達によって管理された、「人間が生きるべきでない世界」とされています。このことに関しては、オルタナティブの扱いがやや中途半端だったことで、「ライダー達」というのがリュウガやオーガ、ダークカブトを含んでのことなのかが、イマイチ不明瞭になってしまっています。また、最終的に音也はディケイドによって倒されることなく、1人立ち去って行くことから、士が関わったにしろ、この世界の構造が変わることもなかったわけで、すっきり感もやや薄くなっています。


 なお、しきりとこの世界が「士が生きるべき世界」だと強調されますが、これはいわゆる罠なのか、それとも、本当に士にはダークライダー的な資質があり、ディケイド自身ダークライダーという称号が相応しいライダーなのか、という問い掛けがなされます。ブラックをベースにまとめられたコンプリートフォームは、ある意味ダーク系のライダーっぽいとも言えますが、この時点でははっきりとしたことは分かりません。


 そのコンプリートフォームですが、誰もが驚くデザインであることに異論はないでしょう。頭部と胸部にカードをずらり並べるという方法論は、インパクトがありすぎて本当の所「カッコ悪い」と思います。サブタイトルに「完全ライダー図鑑」とありますが、非常に的を射ていて、一流の皮肉なのかと勘ぐってしまいますが、実際動くところを見ると結構カッコ良く、特有の「恐ろしさ」があります。変身やライダーをシンクロさせるアクション等にも深い工夫が見られ、見た目のインパクトに負けない印象を与えることに成功しています。


 コンプリートフォームの鍵となる「ケータッチ」に関しては、完全に説明不足になっており、何故この世界にあったのか、何故音也が士に手渡そうとしていたのか、何故千夏が奪って逃げたのか、殆ど説明されていません。ただし、「TGクラブの幻」たる千夏と絡めて描かれた「お宝」としての存在感は充分で、単純なパワーアップ劇に留まらない、「ちょっと何か引っ掛かる」感じの雰囲気は、井上脚本ならではの魅力だと思います。


 では、今回も見所を整理してみました。

第20話「ネガ世界の闇ライダー」

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 いやはや、風邪で体調を崩してしまい、記事のアップが遅れに遅れてしまいました。


 さて、世間の評価的にどうなんでしょう?...と、思わず気になってしまったお話でしたが。


 これまでの、「9つの世界を巡る旅」が、あまりにもお祭り騒ぎ的な熱量で迫って来ていた為か、何となく祭りの後といった寂しさのあるエピソードです。勿論、その雰囲気をわざと強調して、「ディケイド」の異様な盛り上がりを一旦冷却するような意図も垣間見られますが、それにしても、良くも悪くも平成ライダーらしさが横溢しています。


 断っておきますが、私は別に井上敏樹さんが嫌い(いわゆる「アンチ井上」)なわけではないので、念の為。


 私の主観として、あまり好きでない要素の例を挙げてみると...。


  • 「TGクラブ」という、全然リアルとは思えない高校生の姿。
  • 「TGクラブ」のメンバーの描き分けが希薄なので、一回見ただけでは誰が何と言う名前なのか分かり難い。
  • 海東が「TGクラブ」のお宝に反応するという、短絡的な様子。
  • 士が偶然莫大な遺産を手に入れてしまうという、妙な展開(後編で「仕組まれていたこと」という結論が出るならば、これはこれでアリですが)。
  • ユウスケの扱いが、伝統的な「不遇なサブキャラ」レベルになっている。


 特に「TGクラブ」に見られる「ごっこ遊び」的な要素は、私の最も苦手とするところです。しかも、夏海というキャラクターの、どことなく飄々とした感じがスポイルされてしまったのも残念。高校生時代が判明することで、キャラクターが深まったとの考えも可能ですが、むしろミステリアスな雰囲気が損なわれたダメージの方が大きい気もします。ただ、士が「ガキ」という感想を漏らしたところには、バランス感覚を感じることが出来ます。

 一方で、平成ライダーの良い部分を踏襲した箇所も見受けられます。


  • どことなく全体的にボンヤリとした雰囲気になっており、本当に夏海の世界なのかという疑問符にしている。
  • 過去と現在のシーンの往来が印象的かつスムーズ。
  • 各キャラクターが「虚像としての活きの良さ」を体現している。
  • 突如、夏海を2人登場させることで、ミステリアスな興味を引いている。


 特に、「虚像としての活きの良さ」は特筆モノ。この「虚像としての活きの良さ」という表現は、ステロタイプなキャラクターに対する私なりの皮肉ですが、この「ネガ世界」においては、虚像っぽさこそが勘所として機能しているので、あえて肯定的な部分に挙げてみました。


 なお、「ディケイド」ならではのサービスもちゃんと盛り込まれており、紅音也がオリジナルキャストで登場し、ダークキバに変身するのが最も重要なポイントとなります。ただし、この音也はオリジナルの音也とは別人のようですが。

 また、「先生」がオルタナティブだったり(オルタナティブ・ゼロならもっと完璧)、龍騎 VS リュウガをやってみたりと、ニヤリとさせられるシーンも多々あり、この辺りはしっかりと「ディケイド」の押さえるべきポイントを押さえていると思います。


 実際、2度以上視聴すると結構面白い話で、夏海の高校時代の描写は十分なファンサービスになっているし、クライマックスのライダー大乱戦も非常に見応えがあります。ただ、響鬼編の後だったのがイタかった...。


 では、やや複雑な思いを織り交ぜながら解説してみましたので(笑)、ご覧下さい。

第19話「終わる旅」

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 ある意味、9つの世界の中で最も衝撃的な終結を迎えた響鬼編。

 詳細は、全て本文の方で述べることにしますが、キーワードは「海東」「書き文字」「主人公ライダーの死」「師匠と弟子」「祭り」です。オリジナル・響鬼で果たされなかった要素を敢えて実現したりといった、意欲的なサービス精神にも彩られ、メインライターの會川さん降板というアクシデント(?)の後でありながらも、非常に完成度の高いエピソードになりました。

 アクの強い響鬼の世界観(しかも殆どオリジナルキャスト)に、巧くディケイドのレギュラー陣を絡ませているのも素晴らしく、「ディケイド」の中の一本として成立しつつ、「響鬼」をまた見たくなるようなPR効果的にもピカイチだったと思います。


 では、キャプしたいシーンを泣く泣くオミットしつつ(それでも結構な枚数になりましたが)、見所を整理してみましたので、ご覧下さい。

第18話「サボる響鬼」

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 今回より、9つの世界のラストを飾る「響鬼」の世界。

 平成ライダー中、最大の異色作にして問題作とされる「仮面ライダー響鬼」の世界とあって、その強い個性を引用した演出が多用される怪作になっています。


 サブタイトルはオリジナルの法則に則ったもの。これに限らず、他のエピソードでも大なり小なり法則性を取り入れているのは周知の通りですが(「超絶」「第二楽章♬キバの王子」など)。


 今回は色々と笑わせていただきました。オリジナルキャストの大幅導入や、「猛士」が完全に解体されて「音撃道」になる等、その魅力は枚挙に暇がありません。というわけで、今回は前置きをこの辺で切り上げ、早々に本編の紹介へと移りたいと思います。

 オリジナルとの差異や、オマージュの説明といった内容は、本文中に盛り込んで紹介していきますので、ご覧下さい。


 なお、ディケイドの世界では、パラレルなキャラクターをカタカナで表記しますが、元々オリジナル・響鬼でも鬼たちはカタカナで表記されている為、限りなくオリジナルに近いパラレルキャラクターという、独特の雰囲気を持っています。文中では、混乱しないようになるべく気をつけましたが、多少分かり難い点はご容赦ください。

第17話「おばあちゃん味の道」

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 カブトの世界後編です。


 前回のラストで、よりにもよってソウを「お兄ちゃん」とマユに呼ばせ、衝撃と共に一部の聡明な視聴者の溜飲を下げさせました。

 今回はその謎解きをメインに据えるのではなく、ソウの正体を明かすと共にその企みを進行させておき、その前景でメインキャラクターを動かすことで、オリジナル・カブトが内包したテーマを(極端に)クローズアップし、描いてみせるという手法をとっています。


 カブトのテーマのクローズアップについては、後に詳しく述べますが、簡単に言えば、カブトが妹を守るという、その一言に尽きます。

 オリジナル・カブトは、4クールの長丁場でしたから、色々な要素が絡み合って錯綜し、そのテーマ周辺の出来事に目を奪われたりしましたが、今回はたった2話での構成ですから、よりストイックにそのテーマが描かれることになりました。何しろ、前編では殆どカブトがまともに姿を見せませんし、この後編でも、後半に捕獲されるまで殆ど姿を見せません。ソウジに至っては、ソウとの二役で、しかも土壇場でやっと姿を見せるという展開。

 つまり、主役不在のままでありながら、主役の存在感が際立たせるという、難題に挑んでいるわけです。ソウジ/ソウ役の川岡大次郎さんの演技も非常に的確で、全く異なる二役という難役を魅力的なものに仕上げています。


 この存在感を高めたのは、おばあちゃんが屋台骨を支える「家」の存在。

 オリジナル・カブトにおける「家」の要素は割と希薄でしたから、その存在と効果は鮮烈です。その上、オリジナル・カブトで重視された「料理」を「味」に換言し、「変わらないおでんの味」を「帰る場所」に結びつけるあたりはファインプレーで、これ以上ないカブトの世界を描いたと評価したいところ。

 結果的にマユは人間ではなかったわけですが、この「同じおでんの味」を知っているという要素によって、ちょっと意味は違いますが「一味同心」的な意味付けが為され、天堂屋の3人が「家族」であることを強調することにもなっています。


 電王編は例外中の例外として除外すると、今回は會川さん降板後に(つまりメインライター不在で)、他の脚本家によって書かれる最初のストーリーということになります。キャラクターやテーマの一貫性を危惧する声もありましたが、高い水準で結果を示したのではないでしょうか。確かに、會川脚本のように色々な事象が辻褄を合わせてくる緻密な感覚はなく、マユの出自やソウジとZECTの関係等は一切が省かれています。その点での不満はあるにはありますが、説明義務を果たすよりは雰囲気を重視した方が映えるテーマではあったわけで、この措置は正解でしょう。


 では、見所を押さえてみましたので、お付き合い下さい。

第16話「警告:カブト暴走中」

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 いよいよ残る世界はあと2つ。ここでカブトの世界登場です。


 水嶋ヒロというスターを生んだオリジナルの「仮面ライダーカブト」は、前作「響鬼」のアバンギャルドな制作姿勢から一転し、平成仮面ライダーシリーズとしてオーソドックスな作りとなり、登場するライダー達のデザインが特に高評価されたシリーズです。


 「カブト」の特筆すべき点は、何と言ってもクロックアップとワーム。ワームの「脱皮」という要素はライダーにも転用され、「イナズマン」を彷彿させる「キャストオフ」機構が話題となりました。この「キャストオフ」は、CGを利用して各部を細かく動作させるという秀逸な描写を得て、かなりのインパクトを放ちました。ただし、劇中で存分に活かせていたかどうかについては、やや疑問ではありましたが。

 一方の「クロックアップ」もインパクト大。周囲の物体がゆっくりと動く中、素早い動きで戦うライダーとワームという、鮮烈なビジュアルで魅了してくれました。この「気付かない内に近傍で戦っている」という要素は、「龍騎」におけるミラーワールドの翻案とも言え、現実世界でありながら異世界的な雰囲気を漂わせています。


 さて、今回のカブトの世界ですが、上記の「クロックアップ」が主要素として掲げられています。

 カブトはクロックアップしたまま殆ど姿を見せないライダーとされ、海東はクロックアップの機構そのものをお宝として狙い、士はクロックアップに翻弄されるといった具合です。

 そして本編は、オリジナル・カブトの要素を「兄妹」の物語として捉えることにより、それを主軸として再構築されています。ただし、この前編では、「妹」に相当するキャラクターであるマユと、カブトが「兄妹」の関係にあるとは断言しておらず、むしろ土壇場で「兄妹」の関係が別個にあることを提示して謎を深めています。こういったやや複雑な展開は、オリジナルの魅力を移入したものと考えられます。

 なお、このマユというキャラクターは、オリジナル・カブトにおける2人の妹(この辺りは複雑なので割愛します)のハイブリッドになっていますが、ひよりというよりは、むしろ樹花に近い天真爛漫なキャラクターになっています。


 もう一つ、インパクトをもたらすトピックがあります。

 それは、オリジナル・カブトでとうとう登場することのなかった「おばあちゃん」が登場することです。

 オリジナル・カブトの主人公・天道総司に「おばあちゃんが言っていた」という口癖があり、それは人生訓として天道の生き方に大きく影響しているのですが、そのおばあちゃん本人が、本編に出てくることはありませんでした。そのおばあちゃんを出してしまうという、ある意味「反則技」に出たわけです。

 その「技」を使うからには、それ相応のキャスティングが必要...ということで、佐々木すみ江さんのご登場。御歳80歳でこの迫力!さすがは姑女優として名を轟かせる方だけのことはあります。私はこのキャスティングに至極納得させられてしまい、オリジナル・カブトのおばあちゃんと完全に重なってしまいました。このおばあちゃんなら、あの天道も素直に言うことを聞きそうですからね。

 これは素晴らしいキャスティングです。


 他のキャラクターとしては、ザビーに変身する「弟切ソウ」とガタックに変身する「アラタ」が登場。残念ながら、「ツルギ」や「シュン」、「ダイスケ」といった面々は出ませんが、とりあえず不足している感はありません。

 弟切ソウは、矢車想がモチーフ。ネーミングは「弟切草」かよとツッコまざるを得ませんが(笑)。黒い眼帯が強烈なインパクトです。

 アラタは、勿論、加賀美新がモチーフ。オリジナルの加賀美を彷彿させる熱血漢な風貌と言動がいい感じです。


 ZECTの組織もほぼオリジナル通りで、マスクドライダーシステムという名称もちゃんと登場しますが、資格者でないとダメだといった、深いところまでは描かれません。岬や田所といったキャラクターに関連する人物も登場しません。このあたりは、スッキリまとまっていて良いと思います。


 では、やや取り留めのない感じにはなりましたが、まとめてみましたのでどうぞ。

第15話「超モモタロス、参上!」

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 正真正銘、オリジナル・電王の世界だったようです。

 数ある世界の中でも、電王だけは特別扱いということだったのか、結局は「リョウタロウ」ではなく、オリジナルの良太郎(ただし、佐藤健さんではなく、溝口琢矢君)が登場し、この世界がオリジナルの電王と完全に地続きであることが示されたわけです。


 イマジンの契約が一切描写されない、特異点ではない(別の世界から来た為、ある意味、特異点に成り得るが)士やユウスケ、夏海が電王に変身できるなど、オリジナルとの差異は見受けられるものの、オリジナル・電王自体が何でもありな世界へとその世界観を拡大した印象がある為、些細な差異はさほど気にならなくなってしまい、パワーで押してくる作風の魅力が、遺憾なく発揮されたエピソードに仕上がっています。


 逆に、これが「ディケイド」なのかという声も、当然のように上がるものと考えられます。

 確かに、この「電王編」は、「仮面ライダーディケイド」の中の一つの世界だと言えますが、それよりも、「仮面ライダー電王」の世界に、救世主のごとくディケイドが現れたと紹介したほうが、よりしっくりと来るでしょう。


 この「特別扱い」は、劇場版「超・電王」とのタイアップを前提とする故、当然の措置でしょう。しかしながら、他の「世界」から浮いてしまうのも自明であり、非常に危険な賭けだったと推測出来ます。

 ただ、熱烈なファンでも熱心なアンチでもない私の、独断と偏見で言わせて頂くならば、「電王」も「ディケイド」も「何でもありな世界」なのだから、互いがオリジナルのままリンクしても、別段おかしくないのではないかということです。究極的な発言をすれば、面白ければ良いとも言ってしまえるし、もっと理屈で解釈するならば、電王の世界には色々な時間軸が平然と存在するという前提があるので、元々オリジナル世界のパラレルワールドである、他の「ライダーの世界」と何ら変わる事はないのです。要するに、「電王の世界」は元々パラレルワールドが沢山存在していてもおかしくはない世界なので、たまたまオリジナルに酷似した世界に、光写真館が繋がったとしても、全く問題はないと私は考えます。


 一方で、「リ・イマジネーション」という観点では、やや「ディケイド」の本線からは外れています。

 何しろ、オリジナルの電王そのものの世界ですから、「リ・イマジネーション」の余地は狭いわけです。しかし、私は「FINAL FORM RIDE」がモモタロスになった時点で、ある程度の「リ・イマジネーション」が達成されたと思っています。

 電王の世界には「FINAL FORM RIDE」など存在しないし、電王の手が引っ込んだり、腰から下が回転したり、頭が体内で入れ替わるなど、有り得ません。電王の世界でこの荒唐無稽な「変形」をやってしまえることが、「リ・イマジネーション」なのだと、私は考えます。クウガを完全にギャグ化してしまったのには、少々開いた口が塞がらない感じは覚えましたが...。


 というわけで、やや複雑な心境も混じる電王編ですが、全編に笑いの要素が溢れており、改めて「電王」のパワーを感じさせるエピソードでした。

 電王に食われまいと奮闘するディケイドも、なかなかの魅力。その魅力を伝えるのは大変な作業ですが、頑張ってみましたのでご覧ください。

第14話「超・電王ビギニング」

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 オリジナル・電王のメインライターである、小林靖子さんの手による「電王編」。小林さんは現在「シンケンジャー」も手掛けられていますから、今週は(来週も)1時間ぶっ通しで小林靖子タイムだったわけです。

 オリジナルの脚本家が、どのように「リ・イマジネーション」による再構築を行ってくれるのか、その興味は尽きませんでしたが、いざ本編が始まってみると...。


 こっ、これは~!


 「ディケイド」における「電王の世界」じゃなくて、オリジナル・電王の世界にディケイドが迷い込んだ世界では!?


 ビックリです。絶句しました。

 良太郎のパラレルキャラクターである「リョウタロウ」なんてのも一切出てこないし、電王に変身(?)するのは、オリジナルキャストのモモタロス達だし。

 劇場版「超・電王&ディケイド」とのリンケージも前提にあるものと思われますが、平成ライダーシリーズ中、最も特殊で娯楽色の強い「電王」だけに、もうオリジナルのまま通してしまえといった雰囲気で作られたような感じです。

 なので、他の世界に比べて、オリジナルが前提となっている部分がかなり多いのも特徴です。


 ただ、オリジナルと完全に同一なのかどうかは、ややボカされている感じも。


 例えば、「特異点」。オリジナル・電王では、この特異点である人間(野上良太郎)しか電王に変身できない設定。しかし、士も夏海もユウスケも変身してしまいます。しかしながら、オリジナルでも例外が散見されましたから、このあたりは実は曖昧でいいのかも知れません。

 また、デネブといった他の主要キャラも出ません(少なくとも今回は)。


 困ったことに、オリジナルとは違う世界だと証明する事項が殆どなく、オリジナルと同一だと推測できる要素の方がはるかに多い。というわけで、私としても「多分オリジナルの世界」といった曖昧な立場のまま、見ていくことにします。

 まぁ、脚本に小林さんを起用したという事実こそが、オリジナルの電王と同一の世界だと主張しているような気もしますが...。


 実は、私自身が同時期に放映されていた「ゲキレンジャー」のサイトをやっていた関係もあって、「電王」に関してはかなり疎かになっており、最近のシリーズであるにも関わらず、今一つ記憶が薄いことを白状しておかなければなりません。一応基本的なことは押さえているつもりなんですけどね。


 そんな私でも、全編笑いっぱなしの快作!

 タイムパラドックス周辺の「訳の分からなさ」加減もオリジナル通りだとすれば、後編ではオリジナル通り全てが氷解していくでしょう。というわけで、とにかく「訳の分からなさ」も含めて笑い飛ばすが吉!「ディケイド」で「電王復活祭」をやってしまったという感覚で見れば、これほど楽しいエピソードもないでしょう。

 勿論、電王ファンでも、良太郎が出ないことを除けば充分楽しめることと思います。


 今回は、あまりにもフォトジェニックなシーンが多すぎた為、キャプの枚数もいつもの1.5倍ほどに。

 そんな電王編の見所を、特に夏海を中心に(笑)お送りいたします。

 なお、キャプが多いのと、本編があまりに謎めいているので、今回は解説らしい解説が出来ていません。その辺り、ご了承のほど。

第13話「覚醒 魂のトルネード」

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 アギト編後編。ブレイド程ではないにしろ、かなり複雑で謎めいた展開が印象的だったオリジナル・アギト。その物語をリ・イマジネーションによって再構築したアギト編は、かなりオリジナルのテイストに近い神秘性を帯びています。ただ、そのオリジナル・テイストを高密度で盛り込むことにより、少々尺不足になった感も。

 そんな中、芦河ショウイチに、オリジナル・アギトの主人公3人を集約するというアイディアは素晴らしく、尺不足を極限まで軽減する役割を果たしています。

 また、クウガ編との関連性を持たせることによって、ユウスケのドラマを拡大したのも評価できる点で、各世界での主役がどうしても「その世界の仮面ライダー」に偏重してしまうのを、巧く分散してユウスケにも比重をかけるように配慮しているのです。


 本編に入る前に、ここでアンノウンについて触れておきたいと思います。


 このアギトの世界におけるアンノウンは、本当に「unknown」で、人間より高次の存在なのかな、と匂わせる程度になっています。


 オリジナル・アギトにおけるアンノウンは、神話的側面が非常に色濃く(これは石ノ森先生の「サイボーグ009」からのインスパイアだと言われています)、かなり深遠です。

 オリジナル・アギトでは、「光」と「闇」の対立の末に、「光」が敗北し、「光」が消滅する際に人間に植え付けたのがアギトの力。そのアギトの力を恐れ、「闇」が派遣したのがアンノウンということになっています。「光」も「闇」も人間という種に関する想いは篤く、従ってアンノウンは普通の人間を襲わず、アギトの力が宿った者のみを狙うのです。


 これを踏まえて今回のアギトの世界を見ると、よりこの世界のアンノウンに対する理解が深まると思います。


 この世界のアンノウンは、人間を守る(と言いつつ、高次の者としての威力により、人間の上に立とうとしている)為に存在し、その為に邪魔になるアギト=ショウイチを亡き者にしようとしています。こうしたオリジナルとの差異を検証すれば、この世界のアンノウンが、リ・イマジネーションの対象になっていることが分かります。

 すなわち、この世界には神話的な概念があまり持ち込まれておらず、アンノウンは他の世界の「怪人」とあまり変わらない存在なのです。オリジナルが、神々の対戦の舞台を人間界へと移した物語だとすれば、この世界は、アンノウンと人間の戦いです。だから、ショウイチは「俺はただの人間だ」と主張しつつバッファローロードと戦ったのです。


 では、怒涛の後編の見所を紹介してみます。

第12話「再会 プロジェクト・アギト」

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 こう来ましたか!と思わず膝を叩くアギト編。しかし、オリジナル・アギトの要素をこれでもかと詰め込んではいるものの、それについてあまり説明がなされていない為、オリジナル未見の場合は面白味が半減するかも知れません。

 ただ、オリジナル・アギトを知らなくても、一応ちゃんと話としてまとまっており、巧く整理されているので分かりやすい筋運びにはなっています。


 今回最大のトピックは、八代刑事の再登場。ただし、クウガの世界の八代藍とは別人の、八代淘子。

 そして、この世界の警察が未確認生命体=グロンギと戦っているという設定になっているのも大きな特徴です。これが、オリジナルへのオマージュとして何を意味しているのかを、紐解いてみる必要があるかと思います。


 オリジナル・アギトは、冒頭に「未確認生命体」という単語が登場し、クウガと連続した世界観を匂わせています。また、前半に登場する仮面ライダーG3は「未確認生命体第4号(≒クウガ?)をモデルにした」とされています。

 ただ、アギトの時間軸は、わざとクウガのそれと微妙にずらして作られており、必ずしもクウガの世界と同一ではないということになっています。これは、新世代ライダーの幕開けを高らかに告げた前作をリスペクトしつつ、全く新しい仮面ライダーを作ろうとした姿勢の現れだと私は考えます。つまり、「仮面ライダーアギト」は、「未確認生命体は居たのにクウガは居なかったかも知れない物語」なのです。

 ディケイドにおけるアギトの世界は、この曖昧さをパロディ的に導入したものです。したがって、アギトの世界にはグロンギが存在し、しかもオリジナル・クウガ後半の「神経断裂弾」が登場するのです。ただ、この世界にはクウガは存在せず、モデルのいないG3-Xが開発されています。

 というわけで、この世界は「クウガのいないクウガの世界」と呼ぶことが出来るかと思います。それは、オリジナル・アギトの世界で描かれなかった部分の再描画とも言えるかもしれません。


 さて、アギトの世界の登場人物は、主人公の芦河ショウイチ、八代淘子、そして、八代の先輩刑事。目立ったキャラクターはこの3人だけです。


 芦河ショウイチ役は山中聡さん。劇場版「仮面ライダー響鬼」にキラメキ役で出演されています。無精ヒゲを伸ばした、かなりオリジナルのライダーと印象が異なる衝撃的な人物像ですが、それなりにカッコいいのだからさすがです。

 この芦河ショウイチの名、オリジナル・アギトをご存知の方ならばピンと来ると思いますが、「津上翔一(アギト)」「氷川誠(G3-X)」「葦原涼(ギルス)」から取られています。本編から察するに、G3-Xの開発に関わっていたかも知れないこと、エクシードギルスに変身すること、予告ではオルタリング(アギトのベルト)を巻いていたことを考えると、この名前の妥当性が高まります。


 八代淘子役には、クウガの世界における八代刑事役だった佐藤寛子さんが再登板。八代藍と性格がリンクしつつも、オリジナル・アギトにおける小沢澄子に近い、よりアグレッシヴなキャラクターになっています。

 この「淘子(とうこ)」というネーミング、恐らく小沢澄子を演じた、藤田瞳子(とうこ)さんの名前から取っているのではないかと思います。焼肉を食べるシーンがあるかも(笑)。


 話は、グロンギ対策、八代とユウスケの出会いという流れが主体になっている為、G3-Xが前面に押し出されています。G3-Xのメタルヒーロー的な「装着」という特殊性は、10年を経た今も異彩を放っており、今回、ユーモラスな場面にもシリアスな場面にも効果的に用いられています。ここに海東が絡んでくるのですが、あまり事が複雑にならないよう、きっちりと整理されているところが素晴らしいです。

 一方で、士と夏海はショウイチとの出会い担当になっており、G3-X周辺で動いている印象。しかしながら、グロンギ語での呼びかけやエクシードギルスとの対戦など、見せ場も多く、満足度は高くなっています。


 では、今回も見所を解説していきたいと思います。