第二十九幕「家出提灯」

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 前回初登場のダイゴヨウ。そのキャラクターを掘り下げるエピソードです。ダイゴヨウが主役となれば、当然源太が前面にフィーチュアされるべきところを、そうしないのが「シンケンジャー」流か。


 というわけで、今回のメインは茉子。茉子の「ほっとけない」性格を全面的に利用して、いわゆる人情話に仕立て上げています。茉子の行動は彼女のキャラクターとして実に的確であり、それ故に茉子の魅力はかなり高い水準で発揮されているのですが、他の面で所々不徹底があり、そこが残念。詳しくは本編の方で述べますが、目立つ場所を挙げるならば、源太の方に茉子の思いがはっきり伝わったシーンを欠いていることや、スーパーシンケンピンクになる必然性がないこと等です。


 それにしても、ダイゴヨウのキャラクターの立ちっぷりは素晴らしいものがあります。遠近さんの声質が合致しているというのが最も大きいですが、「町人」たる源太とのコンビネーションの魅力こそが最大の要因でしょう。この2人は、正に岡っ引きの親分とその子分がモチーフ。往年の威勢のいい「銭形平次」的な時代劇ドラマを彷彿させて楽しいです。人情物が似合うのも当然といったところでしょう。


 では、本編の見所をまとめてみましたので、ご覧下さい。

第二十八幕「提灯侍」

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 いわゆる新アイテム・新キャラクター登場編なのですが、かなりギャグテイスト寄りに振っている為、バラエティ編の香りも非常に高い一編に。しかしながら、「シンケンジャー」ならではのシリアスな部分も盛り込まれており、そちらは主に筋殻アクマロの恐るべき能力に翻弄されるシンケンジャーの姿に集約されます。


 今回のメインは、寿司恐怖症にのたうつ源太。ただし、千明もかなりメインに近いポジショニングです。源太のコミカルな寿司恐怖症については本編の方でじっくり振り返るとして、ここでは千明に注目。


 千明が、源太登場当初から彼に親しみを感じ続けていたのは、これまでのエピソードでかなり充実して描かれてきたので、それを振り返る今回のシーンには、非常に説得力がありました。このシーンだけでなく、率先して「苦手克服大会」をリードしたりと(でも、自分は「苦手克服」そのものに参加していない!)、源太を思いやる気持ちの強さが印象付けられます。その理由がまた説得力大で、源太を除く5人の中で最も「侍らしくない」千明が、「元来侍ではない」源太にシンパシィを感じるというものになっています。


 源太自身は、クライマックスでのダイゴヨウを携えての登場が異常なまでにサマになっている様子を見るにつけ、「侍」を名乗りつつも「町人」に近いポジションであることは明らかですから、本来千明とは相容れない立場にあります。しかし、千明のように侍という立場を軽く飛び越えてしまう者は、源太のように侍になりたい者と容易に接近することが出来ます。これは、寿司恐怖症が露呈した志葉家の屋敷のシーンで明確に表現されており、彦馬や流ノ介は単に源太を「情けない」としか評価出来ません。丈瑠は黙していましたが、表情から彦馬とあまり変わらない評価を持っていたようですし、ことはは源太へのシンパシィというよりは、単に純粋な心配性故の表情を見せ、茉子に至っては、「スイッチが入って」源太の世話を焼き始める始末。呆れ顔を見せつつも、本当に本気で心配していたのは千明だけだったように見えます。

 千明のキャラクター性が発揮されれば、即ち傑作エピソードと言っても良いくらいですが(今のところ「シンケンジャー」のどのエピソードにもハズレはありませんけど)、今回も正にそれが当てはまりそうです。


 では、コミカルで新要素盛り沢山の今回を、振り返ってみましょう。

第二十七幕「入替人生」

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 予告編での滑稽な映像の連発から、息抜き的なバラエティ編かと思いきや、千明とことはのコンビに活躍させるというシチュエーションで展開し、二人の成長振りと名コンビ振りを活写するという、正に一筋縄ではいかない素晴らしさを見せてくれます。

 やっぱり「シンケンジャー」は油断出来ません。中身自体はバラエティ編として成立しており、実際コミカルな描写は満載なのですが、それでも異様な緊張感を漂わせたり、千明の知恵の深さを見せたりと、笑いだけでない要素を存分に提示。一歩間違えれば「おふざけ」になる「無機物と入れ替わる」というパターンを、しっかりとシリアスに振っていく手腕は見事です。


 見所は勿論、千明とことはの頑張りであり、殆ど全編にわたって二人の活躍がフィーチュアされているのですが、そこは本編の解説に譲るとして、ここで隠れた見所として触れておきたいのは、外道衆関連。意外に骨のシタリが穏健派であるということ、薄皮太夫がなおも人間界を彷徨っていること、血祭ドウコクの目の届かないアヤカシが存在すること、それに関連する新キャラのチラ見せ。シーン数は圧倒的に少ないですが、重要な要素が多数盛り込まれています。折り返し点を過ぎ、外道衆側の描写も強化していくことによって、物語のテンポアップが図られているようでもあります。


 それでは、「年下コンビ」の熱く爽やかな奮闘をまとめてみましたので、ご覧下さい。

第二十六幕「決戦大一番」

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 ユメバクラ以外、非常にシリアスな雰囲気で進行し、凄まじい緊張感を漂わせる2クール最終編の後編。

 殆ど全ての登場人物がピリピリしたムードを持ち、まさかの丈瑠と流ノ介の一触即発や、茉子の半ば捨て鉢的に悲壮な決意、薄皮太夫の凄絶な「外道としての決意」など、子供向け番組であることを逆手に取って(つまり、現実世界にあり得ないシチュエーションで)、子供向け番組を逸脱した凄味を見せました。


 勿論、今回最大の見所は丈瑠と十臓の決闘。静と動が織り交ぜられたテンションの高い殺陣に魅せられ、見た目にも存分以上に満足できる決着で締め括られました。


 一方で茉子が割を食ってしまったのは残念。丈瑠の決意に水を差さないという、ここ一番での役回りはしっかり押さえられていましたが、料理というトピックが若干弱くなってしまったのは否定出来ません。

 ただ、論理的な思考を持つ茉子が、非論理的な(=死に急ぐ)丈瑠に同調するあたり、茉子の精神の脆さの一端が垣間見られるという展開は素晴らしいものがありました。


 では、見所満載の本編を何とかまとめてみましたので、ご覧下さい。

第二十五幕「夢世界」

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 茉子の料理ギャグで引っ張るコメディ編なのかと思いきや、メインでフィーチュアされたのは何と薄皮太夫で、しかも実に重苦しく物悲しい過去が、これでもかと描かれる凄いエピソードでした。

 その分、茉子の料理に関するトピックは割を食ってしまったきらいがあるものの、薄皮太夫のエピソードだけでは、本当に子供向けの番組を逸脱してしまうので、ユメバクラ関連と併せ、必要なコメディシーンだったものと思われます。


 茉子と薄皮太夫(薄雪)の邂逅の他にも、丈瑠と源太、流ノ介と千明といった具合にチームでストーリーを進行させ、それぞれが力の限り奮闘する様子を描いて大充実。特に丈瑠と源太がモヂカラを使い果たすという展開は、視覚的にかなり曖昧なモヂカラという要素を、リアリティ豊かに見せることに成功しており、2クール最終編として大きく展開しつつも、原点を見つめ直す姿勢が垣間見られるものとなっています。


 今回最大のトピックは、何といっても薄皮太夫役の朴璐美さんが、自ら顔出し出演を敢行したということでしょう。朴さんは元々舞台経験も豊富な女優さんですから(しかも実にお美しい!)、いつかは顔出しがあるだろうと予想していましたが、まさかこんな形での出演になるとは思いませんでした。てっきり、幹部が人間に化けるといったテイストで軽~く出演されるものと思ってましたから。

 しかも、朴さんの芝居のテンションの高さが凄まじく、女の情念の恐ろしさが思いっきり前面に出ています。はっきり言って怖いくらいです。詳しくは本編の方で述べますが、「ジャスピオン」での高畑淳子さんの芝居に恐れおののいた記憶が蘇る程、凄いです。朴さん自体が怖いというより、その表現する感情の深さが恐ろしさを感じさせるのです。


 では、見所たっぷりでまとめるのが大変でしたが、そこそこまとまったのでご覧下さい。

第二十四幕「真侍合体」

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 インロウマル、スーパーシンケンレッド、ダイカイシンケンオー、イカテンクウバスターと、新アイテム目白押しの今回。前回における丈瑠の危機と、流ノ介達4人の負傷といった状況を引っ張り、今回の大逆転に繋いで来ました。


 内容的には順当なパワーアップ劇になっているのですが、そこに至るまでのプロセスが実に秀逸。源太の凄まじい努力を伴う孤軍奮闘振りに加え、十臓の荒療治による丈瑠の治癒、流ノ介の諦めと立ち直りといった要素が並行して展開され、クライマックスに繋がっていく様子は見事です。また、主役側だけのドラマに留まらず、十臓の過去が明かされたり、薄皮太夫との関係を匂わせたりと、敵側のドラマも充実。さらに、丈瑠との斬り合いを所望する理由にも言及し、後半戦への突入に対する準備は、かなり整ってきた印象があります。


 今回最大のトピックは、勿論前述の通りインロウマルなのですが、これの完成に関わるのが、あくまで源太であるというところがポイント。源太は喜怒哀楽を激しく表現するお調子者ですが、そのモヂカラに関する才能は天賦のものがあるという設定で、それが非常に巧く活かされています。スシチェンジャー、海老折神といった発明で、既にその才能の一端は見えていましたが、今回はパワーアップに関するアイテムの完成を一手に引き受けるという役どころ。過去にインロウマルを完成出来なかったのは、いわばモヂカラの天才が居なかったからというエクスキューズは、予定調和やご都合主義を軽く飛び越えたものとして響いてきます。

 その印象を決定づけているのは、不眠不休で頑張る源太の姿と、その姿で闘志を蘇らせる流ノ介の姿です。単なる技術の開花でも充分ドラマは成立しますが、そこに源太と流ノ介という、半ば反目する2人の新しい絆を持ち込むことで、「シンケンジャー」のテーマをシーンに反映させているのが良いのです。


 では、ド派手なビジュアルとダークなトーンが見事なコントラストを生んでいる、本編の見所をまとめてみましたので、ご覧下さい。

第二十三幕「暴走外道衆」

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 「シンケンジャー」はもとより、戦隊シリーズの基本フォーマットを崩して注意深く表現された、転機となるエピソード。基本フォーマット崩しは、いきなりの巨大戦や、次々と倒れるシンケンジャー達、そして今回のアヤカシであるゴズナグモが、シンケンジャーではなく血祭ドウコクに倒される(?)といった辺りに見る事が出来ます。


 今回最大のトピックとしては、浄寛役に高橋元太郎さん(言わずと知れた「うっかり八兵衛」)がキャスティングされたことにありますが、高橋さんの基本的なイメージである、明るくユーモラスなキャラクターは鳴りを潜めており、却ってシリアスな雰囲気を醸し出すキャラクターとして演じられ、その存在感を見せつけています。しかも、ユーモラスな面を抑制することは、全編に緊張感が漲りという効果をもたらし、転機となるに相応しい完成度となっています。

 志葉家の菩提寺を舞台とすることで、清涼な雰囲気と悲壮な雰囲気とが同居し、丈瑠の表情にも爽やかさと翳りの両面が発露。このことで、丈瑠のキャラクターに深みが生まれており、また寺院という、外道衆が嫌いそうな場所であるということで、わずかな油断も見せています。あらゆる要素が物語にドライヴをかけていくテンポは、正に圧巻です。


 最近、血祭ドウコクが一切登場しなかったのは、夏になって力が増大するのを懸命に抑え込んでいたからだということも判明。血祭ドウコクがこのような状態に置かれる事で、アヤカシ達が好き勝手に行動し始めていたという流れも見事です。骨のシタリの幹部らしい強力な様子も描写され、敵側の描写も非常に満足度が高くなっています。十臓の動きも気になるところ。


 では、「印籠」なんていう素晴らしいアイテムも登場した今回の見所を、ご覧下さい。

 なお、志葉家の菩提寺の名称は、今回時間がなくて字幕を確認できませんでしたので、「テンゲン寺」と表記します。

第二十二幕「殿執事」

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 「仮面ライダーディケイド」とのコラボレーションというお祭りの余韻も冷めやらぬまま(とはいえ、「シンケンジャー」側ではチラ見せ程度でしたが)、迎えた今回。「祭りの後」状態に陥ることもなく、非常に充実度の高いエピソードとして登場しました。

 タイトルは「殿執事」ですから、丈瑠メインのエピソードかと思いきや、スポットが当てられたのは、ことは。丈瑠の執事振りと、ことはのお嬢様振りを普段とのギャップを前面に押し出してユーモラスに描くのかと想像させつつ、実はもっと重厚でメンタルなドラマを展開。これには見事にやられました。


 前回が、千明のポジションを再確認するという位置付けがなされていたのに対応してか、今回は、ことはに対して同様の趣向が適用されているように感じられます。

 ことはは、侍としての能力はかなり完成されている設定なのですが、とかく丈瑠を絶対的な存在として見ている節があり、その点では流ノ介も同様だという理解を、私を含め、視聴者はしていたものと思われます。しかし今回、流ノ介とことはの違いを丈瑠の発言によって明確化。流ノ介が丈瑠を絶対的な存在だとしつつも、たまに自ら丈瑠を追い抜いてしまう思考・行動力を見せるのに対し、ことはは丈瑠の思考のままに動く感覚で捉えられます。

 結局、それは丈瑠の杞憂であり、ことははことはなりの考えや行動責任を有していたわけですが、そういった面を活写する事こそ、キャラクター掘り下げの巧い手法だと言えるでしょう。そこに淡い恋心といった、ちょっとくすぐったいシチュエーションを持ち込むことで、ことはの微妙な心理を描写しているのも素晴らしいものがあります。

 義久というキャラクターの使い方も実に良く、こういった「お坊ちゃま」はとかく絵空事になりがちなのですが、義久役・永嶋柊吾さんの好演もあって、実在感のある雰囲気を醸し出しています。


 さらに特筆すべきは、ここにイカダイカイオー登場を絡ませるというサービス振りでしょう。ただ、これまでのパワーアップ譚が割とストーリーに密接に関わっているのに対し、今回はかなりドライな扱いであり、実際、ことはとイカダイカイオーにリレーションが全くありません。それでも、「ディケイド」の海東から烏賊折神を取り返したことで、イカダイカイオーの完成に繋がったとしていることや、大空ナナシ連中を巧く利用して、テンクウシンケンオーの出番をそちらに固定するなど、手際の良さは安心レベルに達しています。


 では、本編の方に移りましょう。

第二十一幕「親子熊」

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 一週お休みの間も、「仮面ライダーディケイド」においてそれなりに話が進行していたので、どんな風に整合性や連続性を確保するのかと思いましたが、こう来ましたか!

 とりあえず、冒頭とエピローグで「ディケイド」関連のシーンをチラリと登場させておいて、あとはそれなりに同時進行させつつ、あまり関係ない部分で双方を展開していくという、実に巧みな構成でした。気になる「ディケイド」関連のお話は、「ディケイド」本編をご覧頂くとして、今回の本筋に話を移します。


 「ディケイド」とのコラボレーションが、文字通りお祭りの様相を呈している為、それと同時進行となる今回はさぞ地味な展開になるかと思いきや、千明を中心に据え、茉子をそれに絡ませるとともに、千明の父親を登場させることで、父子という普遍性のあるテーマを重厚に描ききりました。しかも、千明の父・蔵人がかなり軽い感じの人物として描かれる為、逆に爽やかな雰囲気も感じさせています。

 千明と蔵人、互いが面と向かって口にすることなく、互いに強さを認めるあたりも素晴らしく、両者の間に位置する茉子の存在も実に効果的です。


 これまでの展開で、千明の強さそのものは、ある程度完成されてきた感じになっていましたが、ここで再び発展途上キャラの属性を再認識させることで、千明の成長物語を継続させているのも巧い処置。しかしながら、千明には千明自身の独特の強さがあることもちゃんと匂わせており、まだ丈瑠達を超えるまでには至らないものの、確実にその強さは本物になっているという雰囲気が伝わってきます。


 では、見所をまとめてみましたので、ご覧下さい。

第二十幕「海老折神変化」

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 海老折神登場がメインのエピソード。ところが、ことはが魂を奪われて、冒頭の戦い以外一切戦闘に参加しなかったり、一時的に丈瑠達の迷いが描かれる等、一筋縄ではいかないものとなっています。


 特に凄まじいのは、十臓が現れて外道への道へ誘おうとするくだり。

 十臓の誘い自体に他意はなく、単に「丈瑠に戦うことの出来る状態になって欲しい」というだけなのですが、ことはを助ける為の手段を見出す事の出来ない丈瑠達は、十臓の唱える方法をそのまま実践してしまうかも...という所まで追い込まれていきます。このシーンには割と長い尺が割り当てられており、悲嘆にくれる人々のシーンを挟んだりして悲壮感を煽っています。その迫力たるや、「外道に落ちない」という、ある種の予定調和を分かっていても、それを一時忘却させるもの。「もしかして...」と思わせる程の状況描写に唸らされます。


 一方、ことはの誕生日パーティの準備に勤しんだり、源太が海老折神の完成をその日にぶつけようと目論んでいる等、微笑ましいシーンもそれなりに盛り込まれ、陽性の雰囲気もバランス良く感じさせます。特に、ダイカイオーのフェイスチェンジの愉快さは、陰性の雰囲気の中では浮いてしまうので、こういったバランス感覚は殊に重要であると思います。


 ここであれこれ論じるより、本編を見れば今回の完成度の高さは一目瞭然。

 というわけで、本編の見所を抽出してみましたので、どうぞ。先頃、更新がままならないかも知れないというお知らせをしましたが、何とか頑張ってみました。今回は、いつもよりキャプ画も多めです(笑)。