epic21 「エレガント・エリ」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

 エリが単独メインのエピソード。エリ単独ってこれまでなかったような。厳密には完全に単独ではなく、ハイドと絡ませることで、その個性を発揮しています。

 エリは動かし方の難しいキャラクター。強いヒロインという面はモネが担っており、戦隊のスタンダードからすれば、エリはおしとやか系のヒロインということになりますが、エリはコメディリリーフを兼ねる特殊なキャラクターとして成立しているので、ポジションが複雑なのです。

 むしろ、おしとやか系はアラタにシフトしていると感じる事もあるくらいで(笑)、エリのポジションは本当に特殊です。

 そのエリの今後のポジションに、かなり明確な道筋をつけたのではないかと思われる今回。前回のユルさは、「ゴセイジャー」の美点を顕著にするのではないかと感じさせるものでしたが、今回も適度なユルさが良い感じで織り込まれており、この雰囲気こそが「ゴセイジャー」の方向性になるのではないかと思います。エリはその体現者たるキャラクターだと言えそうなのです。

 ただし、この方向性はゴセイナイトが加入したことによって成立したものでもあります。その意味で、ゴセイナイトというキャラクターの導入は成功であり、「ゴセイジャー・第二章」としての在り方を示した功績は決して小さくありません。

 では、その辺りに言及してみましょうか。

 今回、差し向けられた幽魔獣は、グレムリンのワライコ僧(わらいこぞう)。

 「グレムリン」と言えば、あのギズモが出てくる映画のイメージが非常に強く、ほぼ世間のイメージはそれに固まってしまっていると思われます。しかし、UMAとしてのグレムリンは、やっぱり「トワイライトゾーン」の映画版に登場した、飛行機事故を誘発するいたずら好きの妖怪でしょう。

 ということで、今回のワライコ僧のイメージソースは、この「トワイライト・ゾーン」版だろうと勝手に認定。ちなみに、「ワライコ僧」のネーミングソースは、この「トワイライト・ゾーン」だと思われます。うん、今回も巧く話を繋げることが出来ました。

 このワライコ僧は、基本的に愉快犯であり、地球汚染源が云々といった理屈は一切存在しません。しかも、電気系統を狂わせたりする様子は、戦隊黎明期から繰り返し描かれた使い古しのネタですから、このワライコ僧は極々一般的な「怪人」に過ぎないわけです。

 前回のペサラン挫もそうですが、基本的に高尚な目的のない幽魔獣の方が楽しい。「ゴセイジャー」の雰囲気には、「ゴレンジャー」の仮面怪人や「バトルフィーバー」のエゴス怪人のようなユルい怪人達が合っているのだと思います。

 しかしながら、地球を汚染する目的で動いていない以上、ゴセイナイトが動く道理はなくなってしまいます。ところが、ゴセイナイトは幽魔獣とあれば手当たり次第に殲滅させようとするキャラクターに、いつの間にか変化しているのです。登場当初は、幽魔獣であれど汚染に関わらなければ放っておくようなヤツだったのに、です。

 幽魔獣を放っておけば、いつかは地球汚染に繋がるという危惧が、ゴセイナイトの中にあるとも解釈出来るでしょう。でも、これまでのエピソードの流れからすれば、むしろゴセイジャー達が人間(の営み)を守る様子に、少しずつ感化されて来ていると考える方が自然です。実際、人々が被害に合っている現場にアラタ達が遅れて到着した際、「人を守るゴセイジャーが遅刻か」といった皮肉を発しています。

 ゴセイナイトは氷の心。これは以前、モネがゴセイナイトを評した言葉ですが、前回や今回を通じて少しだけ氷が融けた事が示されます。つまり、遅かれ早かれ、ゴセイナイトはゴセイジャーの使命感に共感する存在になっていく事は間違いないわけです。

 で、シリーズ構成におけるゴセイナイトの功績について述べてみたいと思います。

 一言で言えば、ゴセイナイトの最も重要な要素は「批判者たること」です。

 シリーズ当初は、スカイック族の楽天的な姿勢、ランディック族の猪突猛進振りに対する批判者は、ハイドが担っていました。しかし、1クールを経てハイドの思考は徐々に柔軟さを増していき、現在ではゴセイジャーの漠然としたポリシーを理論的に語れるキャラクターになりました。

 ここで一旦、批判者は消えたわけです。

 そして登場したのがゴセイナイトでした。ゴセイナイトは当初、ゴセイジャーのポリシー自体を批判する立場として登場しましたが、数話を経てゴセイジャーの戦い振りを見、ゴセイジャーのポリシーを少しずつ理解し始めています。

 今回のゴセイナイトは、戦いを放棄してケーキ作りを重視するエリを批判します。これが当初の彼の姿勢とは異なる姿勢から発せられた批判であるのは明確です。今回のゴセイナイトの感覚は、人間の存在を軽視しているか否かという議論を待つまでもなく「正常」でしょう。「地球を守る」という使命を前提に置けば、たとえ1人の誕生日のケーキの完成が遅れたとしても、ワライコ僧を早急に倒す方が遥かにベネフィットが高い。

 しかし、ゴセイジャーはケーキで一人の男の子が笑顔になる事の方を重視します。この感覚はかつて「頼れるお兄ちゃん」だったヒーローの姿の再来ですけど、「ゴセイジャー」の場合は、もっと根本的に天使であらんとしているのです。勿論、この「Angel」は多分に日本的な感覚ではありますが。

 注目すべきは、エリを応援するハイドの言動。批判者からポリシーのフロントマンにシフトした彼は、エリの手でケーキを作る事がいかに重要かを、ゴセイナイトに説明するのです。このポジショニングの素晴らしさ。はっきり言って、「ゴセイジャー」現時点での最高傑作エピソードだと、私は思います。

 ただ、このポジショニングは、今だからこそ成立しているのかも知れません。というのも、これからゴセイナイトがゴセイジャーの理解者になれば、また批判者がいなくなるからです。これから先のゴセイナイトの動かし方を、注意深く見守らなければなりませんね。

 さて、メインのエリを置いてけぼりにしてしまいましたので、この辺りでエリに言及しておかなければなりませんな。

 今回のエリは、大雑把な性格という設定を活かしつつも、ハイドの持つ緻密さを学んで、一歩成長する姿が描かれています。

 朝食は「エリ丼」なる凄まじいボリュームでしたが、特段料理が苦手なわけではなく、ただ分量や段取りが大雑把なだけだということが示されました。この辺りは、「シンケンジャー」におけるシンケンピンクとの差別化でしょうか。ハイドもエリ丼には面食らいながらも、味は良かったという感想を口にしています。

 ケーキ自体も、レシピ通りに作れば何ら問題なく、(多分)一流のパティシエと同等の味を再現出来るのですから、実はかなりのポテンシャルの持ち主だという事が分かります。

 そのケーキ作りで学んだ緻密なプロセスの有用性を、戦いの中でも生かしているのも見事。少々あからさまでギャグタッチではありますが、エリのキャラクターからすれば、十分有効な描写でしょう。ユーモラスなアクションの見せ方も非常に巧いです。このアクションも含めて、ゴセイナイトの助力なしで幽魔獣を打倒する成長振りを匂わせる処もイイ感じですね。

 最後の最後に、エリのパティシエ姿がなかなか堂に入っていて、実に麗しかった事を特記しておきます。正に「エレガント・エリ」。

 この回は、スーパー戦隊シリーズ 天装戦隊ゴセイジャーVOL.6【DVD】
に収録。